ロスト・クロニクル~前編~


 剣を得意としている。それがメルダース中に広がったら、それはそれで厄介だ。噂好きな生徒の耳に入ったら、話に尾鰭が付いてしまう。最終的には、別の話に変化してしまうだろう。エイルは、噂の恐ろしさを知っている。知っているからこそ、二人に感謝していた。

 しかし、いつまでも隠していることはできない。今回、長期休学を申し出ているので、話のネタになっているだろう。エイルの勉学への心構えは、他の生徒の見本となっているほどだからだ。そのエイルが授業を休んでまで実家に帰っているのだから、やはり噂からは逃れられない。

 父親の武術訓練とメルダースでの噂話。後者は憶測でしかないが、強ち妄想とは言えない。

 だが、溜息は出そうで出ない。

 ただ、今は――

 それらを考える時期ではなかった。

 メイドが、エイルの目の前に白い陶器のティーカップを置く。可愛らしい果物が描かれているそれは、メルダースで有名なエルベ王国の国内で売られていたという記憶はない。クローディア国内だけで流通している物なのか、この果物は母国の特産物の「林檎」であった。

 カップの中に、赤茶色の液体が注がれていく。それと同時に熱々とした液体から白い湯気が立ち、エイルの鼻腔に紅茶の香りを届けてくれた。この香りは――過去に嗅いだことはない。

 ティーカップを手に取ると、紅茶を一口含む。その瞬間、甘い香りが鼻から抜け何ともいえない心地いい感情に浸っていく。高いか安いかという問題ではないが、美味しいことは間違いない。

「入れないのか」

「何を?」

「砂糖だ」

「それは、昔の話です」

「成長した」

「身長のこともそうだけど、子供扱いはしないでほしいです。一応、頑張っているつもりです」

「それが、子供だ」

 痛い部分を突かれたのか、エイルは黙り込んでしまう。本当に大人だと思っているのなら、イルーズの言葉に反論と文句を言うことはしない。だが、エイルは間髪いれずに言葉を返していた。イルーズの意見は、正しい。流石、十歳以上年上で尚且つ若くして城勤めしているだけある。人生経験は思った以上に豊富で、エイルが太刀打ちできる相手ではない。