エイルは、苦痛に顔を歪めていた。どうやら顔面を直に打ち付けてしまったのか、鼻を押さえている。それを見たマナは鼻血の心配をしてしまうが、どうやら鼻血は出ていないらしい。

 しかしそれ以上に、叩き付けたと思われる箇所が痛々しい。額に頬。それに、鼻に顎。顔の半分以上が、赤く染まっている。それにエイルの肌は白いので、嫌でも目立ってしまう。

「やったよ」

「手当てを――」

「いや、大丈夫」

「で、ですが」

「怪我をした訳じゃないし、時間が経てば治るよ。それより、部屋を片付けておいて。あと、カバンの中身を繕っておいて」

「わかりました」

 廊下に響いた先程の悲鳴は、相当のもの。それを間近で聞いていたマナはエイルの身体を心配してしまうが、本人が「大丈夫」と言っているので、それ以上何も言うことができない。顔面の他に腰も痛むのか、エイルは立ち上がると同時に腰を何度か叩くと、ふら付く足取りで廊下を歩いていく。

 その姿をマナは、静かに眺めている。そして心の中に湧き出てくるのは、無力の自分とメイドという立場。リンダのように多くのメイドを統括する立場に就いていたとしたら、厳しい言葉をエイルに言うことができただろう。
だが、マナは――

 結局は、地位と立場が物事を全て決めてしまう。それにマナは、自身に課せられた仕事をこなしていかないといけない。自分は、メイドという職業に就いている。その過程で雇い主の息子のことを心配してしまうのは必然的な行為であるが、いつまでも一点のことについて考えていられない。

 それに結論は、最初から決まっていた。また長くこのことを引き摺っていると、今後の仕事に関わってしまう。それ以前に、目標としているリンダに怒られてしまう。マナは大きく頷き気合を入れると、エイルの私室へ向かう。そして、自身の仕事をこなしていくことにした。




「朝から、どうした」

 勿論、先程のエイルの悲鳴は屋敷の中に響き渡っていた。彼の悲鳴を耳にしているメイド達はエイルの顔を見た瞬間、か細い悲鳴を上げ互いの顔を見合う。そして彼女達は口々に「大丈夫ですか」と、尋ねる。その言葉にエイルは適当に言葉を返すと、家族が待つ部屋に立ち入る。