ロスト・クロニクル~前編~


 相手がラルフの場合、失敗しても構わない。彼は野生生物並の回復力を持っているので、二・三日横になっていれば復活を果す。そしてエイルの側に引っ付き、張り手でぶっ飛ばされる。

 しかし、相手は普通の女の子。ラルフと同じ、特殊能力を持っているわけではない。素人相手に魔法の説明を省くのは、とても危険だ。それに、マナは「エイルだから」と、信頼している。失敗しとんでもないことになってしまったら、周囲から何と言われるだろうか。

 ふと、リンダの顔が脳裏に過ぎる。その瞬間、エイルの顔から一気に血の気が引いていくのだった。

 説明は、必要だ。

 何より、リンダが怖かった。

 それに、敵に回してはいけない。

「エイル様?」

「いや……その……マナは、魔法のことは知っているかな? 多少の知識でも、いいのだけど」

「魔法という言葉は、知っています」

「それ以外は?」

「な、何も……」

 その質問に、マナは目許に大粒の涙を浮かべていた。最低限の知識を持っているとはいえ、魔法の特性は知らない。自分は無知だ――感情に押し潰されてしまったマナは、目を真っ赤にした。それを見たエイルは動揺し、慌ててしまう。そして、何故泣いているのか尋ねる。

「わ、私は……」

「私は?」

「魔法は、知りません」

「それは、仕方がないことだよ。メルダースの生徒じゃないし、それに難しい質問をして御免」

 メルダースで多くの知識を吸収しているエイルは、相手が知識を持っていると思い話してしまう。それが悪い癖だとわかっているが、無意識に行ってしまう。マナはメイドであり、メルダースの生徒ではない。そのような人物に高い知識を求める方が、そもそも間違いである。

 知識先行型のエイルは、感情面に当たっては苦手分野だった。初恋自体体験していない彼は、女性の涙に弱い。何より、どのように接していいのかわからない。この場合、恋愛経験が豊富なラルフなら、簡単に切り抜けてしまう。メルダース入学前から様々な女性に告白しては、玉砕してきた人物。いつも邪魔扱いしている相手だが、このような時のみ頼りにしてしまう。