記憶の中に存在するエイルは、12歳の可愛い少年。イルーズの後ろを追い掛けるように付いて歩き、時折顔を真っ赤にして泣く。そのような思い出しか存在していなかったので、今のエイルを受け入れるのに時間が掛かったという。イルーズにとって、弟はいつまでも同じのようだ。

 しかし人間は、時間の経過と共に成長を遂げる。いつまでも、同じ姿形ということはあり得ない。当初は戸惑いを覚えていたイルーズであったが、今は素直に受け入れている。と同時に、成長したエイルに感動したらしい。正直、あのままの身長では心配だったという。

 現在、エイルの年齢は16歳。年齢相応の身長と思われるが、イルーズの方が大きい。やはり小さい頃の栄養不足は隠しきれないが、本人にしてみればこれで十分という。エイルは、大きな身長は好まなかった。無論、イルーズも「これ以上」という単語は、用いることはしない。

「安心した」

「何を?」

「身長だ」

「身長は、伸びたよ」

「いや、違う。同じ、若しくは越されていた。そのことを心配していて……エイルの方が小さい」

「僕は、これくらいでいいよ」

 本音に等しい内容にエイルは複雑な表情を浮かべてしまうが、決して言葉に表すことはしない。内心、身長の差をかなり気にしていたのだ。他人がこのやり取りを聞いていたら、馬鹿馬鹿しいと言うに違いない。だが、イルーズは真剣だった。それに、家柄も関係している。

 家の名前が有名であればあるほど、長男に負担が掛かってしまう。今回の親衛隊の試験は、特別な計らいで回避できた。回避――それは言葉としては簡単に片付けてしまえるが、イルーズは苦しい思いをしている。

 長男が、試験を受けられない。名門一族の者は、多くを背負う宿命にある。一見、仲のいい兄弟に見えるが、今は微妙な位置に置かれていた。よって、身長だけは――と思ってしまうが、実にみみっちい。しかしエイルは兄の心を理解しているからこそ、批判は行わない。

「そういえば、御者のハーマンが……」

「何か、問題でも起こしたか」

 エイルは、そのような意味で言ったのではない。ハーマンの反応がイルーズと違っていたということを、言いたかったのだ。身長が伸びたエイルに、素直に驚いたイルーズ。一方ハーマンは、特に反応を見せないでいた。成長しているということに気付いていたのだろう、何処か冷めていた。