ロスト・クロニクル~前編~


「まだ、揉めているのか……」

 確か数年前に先王が亡くなり今は若い女王が国を統治しているというが、戴冠式が行われたとは聞いていない。

 それに色々と悪い噂が広がり、クローディア王国に黒い影を落としているという。

 だがそれら全ては風の噂で聞いたもので、決して正しいものとは言えない。

「だから、今更……」

 エイルはメルダースに入学してから今まで、一度として故郷に帰ったことはない。

 その理由には、これらが関係していた。

 美しく平和と謳われた、故郷の衰退。

 故郷に戻りその光景を見たら、嘆き悲しむしかない。

 メルダースに入学して四年の間、故郷はあまりにも変わりすぎた。

(嫌なことを思い出したよ)

 読みかけの本を閉じると、体内に溜まっていたものを吐き出すかたちで溜息を付く。

 その時、何やら音が聞こえてきた。

 今まで真剣に考えごとをしていたので気付かなかったが、音の位置はエイルの近く。

 「ガリガリ」という何かを齧る音。

 耳を澄ませ、音の発生源を探る。

 頭の上――

 その瞬間、嫌な予感がした。

 嫌々ながら視線を頭上に移すと、其処には例の生き物がいた。

 そう、ラルフから逃げ出したフランソワー。

 短い手足でどのように本棚の上に登ったのかわからないが、彼女は確かに其処に座っている。

 そして「ガリガリ」という奇怪な音は、彼女が本棚を齧る音であった。

 お陰で、本棚はボロボロ。

 それにフランソワーの唾液の所為で、数冊の本がベトベト状態。

 一体何が楽しいのか、フランソワーは巨大な尻尾を振りながら懸命に本棚の角を齧る。

 飼い主同様、理解不能の行動を見せていた。

 それにこの高さでは、彼女を捕まえることはできない。

 それなら、手っ取り早く叩き落すのがいいだろう。

 しかし、ラルフの話では彼女は母親になる立場。それに、子供には罪はない。

 また、子供に何かがあった場合恨まれてしまうので、それだけは避けなければならない。

 すると、フランソワーがエイルの存在に気付いた。

 本棚を齧るのを止めると、ゆっくりとした動作でエイルがいる方向に視線を向ける。

 まるで「何を見ているんだ」と、言っているかのような表情は、やはり飼い主に性格が似ている。

「ラルフ!」

 そう叫んだところで、ラルフが来るわけがない。

 しかし、図書室にまで出没するとは……今後のことを考えなければいけない。

 今までは「図書室は立ち入り禁止」と躾ていたようだが、ラルフの命令を無視するようになってしまった。

 それだけ、自由に憧れているのだろう。