視線が向けられている先にあるのは、エイルの身分を証明する一枚の紙。これのお陰で、難なく国境を越えることができた。いや、それ以前に「メルダースの生徒」という身分で、普通に国境を越えること考えていたが、現在のクローディアの内情は決して明るいとはいえない。
最悪、怪しいと認識された時点で捕まっていただろう。だからこそ、この紙が必要であった。
学園長ことクリスティ直筆のサインほど、強力なものはない。この名前を知っている者なら、誰もが戦き恐怖する。名前だけで、この威力。もし実物が登場したら――下手をすれば、血を見る。
(後で、お礼を言わないと)
クリスティは見返りを求めたりはしないが、やはり礼儀というものは必要であった。それに、どのような場面で世話になるかわからない。日頃から良い繋がりを持っておかなければ、後々後悔する。
エイルは他人に頼ることを滅多にしないが、時と場合がある。特に故郷クローディアでは、クリスティの力が必要になる。それは確信のようなものであり、それだけ国は混乱していた。
大きな溜息をつくと広げていた紙を四つ折にし、鞄の中に仕舞い込む。そして焼き菓子を摘むと、そっと口へと運んだ。これこそ、田舎菓子というべき物だろう。日頃食していた焼き菓子とは、どこか違っていた。
製法が違うのか、それとも材料の違いか。決して食べられない物ではなかったが、違和感が生じ、ひとつ食べて終わりにしてしまう。流石に勿体無い気もしないわけではなかったが、無理に食べて腹でも壊したら後々面倒であった。それなら、子供にあげてもいいと考える。
しかし、適当な子供は見当たらない。客人の大半がエイルより年上で、中には同年代らしき人物もいたが、焼き菓子を貰って喜ぶような年齢ではない。それどころか、逆に失礼にあたる。
再び、溜息がつかれた。そして何気なく飲み物に手を伸ばそうとした瞬間、大きな影がエイルに覆い被さった。
「相席、いいかな」
「どうぞ」
「有難う」
「いえ、構わないです」
簡単な会話を済ませると、相手はエイルの目の前に腰掛けていた。ふと何を思ったのか、相手が焼き菓子に手を伸ばし食べはじめてしまう。そのことにエイルは冷たい視線を送るも、怒るということはしない。それどころか「食べてくれて、有難う」と言わんばかりの表情を作る。


