ロスト・クロニクル~前編~


 流石、メルダースの学園長というところか。

 立ち振る舞いだけで相手を威圧できるというのだから、彼女に逆らえる人物などいない。

 一国の王でさえ跪いたという噂もあるほどだ。

「あら、静かね」

 細く長い指で、前髪を掻き揚げる。

 指と指の間を流れるように滑る髪が光を反射させ、クリスティを更に美しく見せた。

 それは、地上に舞い降りた美の女神と表現できるだろう。

 しかし彼女の本当の恐ろしさを知る多くの者は、首を横に振る。

 そして言う、彼女は悪魔だと――

 老いを知らない身体は、歯向かった者達の生気を奪っている所為だ。

 何とも怪しげな噂を持つクリスティであるが、その容姿とスタイルを見れば誰もがそう思ってしまう。

 大半が彼女の攻撃に敗れた者達が流した嘘であるが、同性からの妬みや嫉妬がないわけでもない。

 クリスティはそれらを軽くあしらい、笑いながら反撃をするという。

 嫉妬によっての攻撃は、自滅を招く。

 だからこそ心の中で憎らしいと思っていても、言葉と動作に表す者はいない。

 だからこそ、クリスティが近づいてきたら逃げるという方法を取る。

 その言葉が表すように、彼女の周囲には誰もいない。

 まるで、彼女の周辺に結界が張られているような感じだった。

「ねえ、貴方?」

「は、はい」

 運悪く近くにいた生徒が、捕まってしまう。

 襟首を鷲掴みに自分の横に引き寄せると、妖艶の笑みを浮かべながら盛り上がらない理由を問う。

 だが、生徒は何も答えることはない。

 身体を震わせ、クリスティから漂うオーラに必死に耐える。

 いや、彼は泣いていた。

 声に出さないが、頬に大粒の涙がこぼれていた。

 その姿に誰もが同情し、心の中で思う「可哀想に」と――

 答えを得られないことに、クリスティは新たなる獲物を探す。

 その瞬間、視線を合わせないようにと、生徒達全員が一斉に横を向く。

 一糸乱れない動きに、クリスティという女性の恐ろしさを表していた。

 しかし、その中に一人だけ違う動きをする生徒がいた。

 それはエイルであり、皆とは違い身体を低くしテーブルの影に隠れる。

 そして懸命に足を動かし、会場の隅に逃げていった。

 生徒の中にはその行動に気付いている者もいたが、仲間を売ることはしない。

 これも、日頃の行いがいいからだ。

 もし相手がラルフであったとしたら、有無を言わさずクリスティに売られていた。

 生徒達は自分の身の安全を図ることを優先する。そう、時として尊い犠牲は必要だ。