しかし、ラルフはそれを許さない。
立ち去ろうとするエイルの服を掴むと、行かないでほしいと必死で訴えかけてくる。
こうなると、噛み付いた亀のように決して離そうとしない。
「何?」
「寂しいんだ」
「僕は、寂しくはないよ。それに勉強をするには、静かな方がやり易い。だから、お前は来るな」
「本の虫だと、身体に悪いよ」
表向きはエイルのことを心配している発言だが、ラルフの表情にそのようなものは表れていなかった。
本当のところは、実験を手伝ってほしい。
そして、寂しいというのは本音だろう。
「心配しなくても大丈夫」
「エイルは、タフだね」
「お前の方が、凄いと思うよ。閉め切った空間で爆発を起こしても、普通に生き残っているのだから」
「あれは、慣れているから」
「そういう問題じゃないと思うけど。ところで、鼻血は平気なのか? 大量に流れていたじゃないか」
その指摘に、ラルフは過敏に反応を示した。
どうやら、転んで鼻血を出したということを忘れてしまっていたようだ。
過去の出来事は覚えているというのに、つい先程の出来事は忘れる。
まさかこの年齢でボケ――だが、相手はラルフ。
何が起ころうとも不思議ではない。
転んだ衝撃に、記憶が飛んだという可能性もある。
だがラルフはポケットからハンカチを取り出し、鼻血を拭いていた。
そう考えると「鼻血が出た」ということは、わかっていた。
「あっ! よくも」
やはり、忘れていたらしい。
そのことにエイルは呆れ、横を向いてしまう。
非情とも取れる行動にラルフはスクっと立ち上がると、植木鉢をエイルの目の前に付き出し「キャシーちゃんに謝れ」と、言う。
「えっ! な、何で?」
「侮辱したからだ」
「鼻血の件はいいんだ」
自分の身体のことより、食虫植物のことを心配するラルフ。
ここまでくると、完璧に理解不能な行為であった。
ある一定の範囲までならエイルは受け入れることにしているが、食虫植物に目が行ってしまうとは――
ラルフは、人間より変わったものに愛情がいくようだ。


