ロスト・クロニクル~前編~


「それにしても、下に誰かがいなくて良かったな。もし誰かに直撃をしていたら、大問題だ」

「うおおおお、マルガリータ」

 愛しい恋人を救いに行くのか、ラルフは大声を発しながら部屋から出て行く。

 一人取り残されたエイルは窓から下を眺めつつ、ラルフが来るのを待つ。

 予想通り、ラルフはマルガリータを助けに現れた。

「マルガリータは元気か?」

「元気も何も、エイルがこのようなことをしなければ……俺のマルガリータは、タフで元気で……」

「あっ! 踏んでいるぞ」

「えっ!」

 何気なく発せられた言葉に、ラルフの動きが止まる。

 恐る恐る視線を下に向ければ、マルガリータの葉を踏んでいたのだ。

 慌てて足を退かすも遅かった。

 マルガリータは潰れ、靴底の跡がくっきりと残る。

 流石に、今回は誰も責めることはできない。

 踏んでしまったのは、自分自身なのだから。

 しゃがみ込みマルガリータを見つめるラルフに哀愁のようなものが感じられたが、同情はしない。

「やっちゃったね」

「エ、エイル」

「僕に、救いを求めても無理だよ」

「そもそも、エイルが捨てるのが悪いんだ。そうだよ、捨てなければマルガリータは元気だった」

「逆切れするな! お前が山百合をどどめ色に変色させなければ、このようなことにならなかったんだ。喧嘩を売るというのなら、買ってやるよ。お前だったら、手加減しなくていいし」

 どうやら虫の居所が悪いらしく、今日のエイルは何故か好戦的であった。

 この場所で魔法を使用する気でいるのか、意識を集中しはじめる。

 それを見たラルフは、いつもと違うエイルの様子に言葉を失う。

「えーっと、おかしな物を食べた?」

「いや、僕は普通だよ」

「普通じゃない! いつものエイルだったら、こんな場所で魔法は使わない。やっぱり、いつものエイルに……」

 其処で、言葉が途切れてしまう。

 ラルフは見てはならない、とんでもないモノを見てしまった。

 それは、二階の窓から此方を見詰めるエイルの形相。

 その「見下す」という言葉が似合う姿に、ラルフは嫌な汗が流れるのを感じた。

 こうなると、人一人の命が奪われそうだ。