精霊の謳姫


…その頃。


闇夜に紛れて、蹄の音が数多獣道を駆ける。

夜も更け月が高く昇っているというのに、その一行は足を休める気配がなかった。

しかし…


「…止まれ。」


先頭を切っていた馬上の人物が、馬の速度を緩めた。
凛とした女の声だ。
後続の馬もピタリと女の後に付き従う。


「気配が消えた…感づかれたか。」


波打つ髪と同じ、燃えるような紅緋の瞳が憎々しげにグッと細められる。


(さすがは神童と言われるだけはある。一筋縄ではいかない、か…)


紅緋の女ーーサリヴァンは、追うだけでは捕まらないと判断し手法を変えるべく一時撤退を命じて踵を返した。


馬の背に揺さぶられながら、サリヴァンはそっと左の肩口に手を重ねる。

ジリ、とまるで急かすように、あるいは嬲るように纏わりつく鈍い痛みが肌を焦がしているような感覚。

それを感じれば、あの猟奇的な鋭い美貌の男の顔が嫌でも思い浮かんでくる。


冷酷な王の顔。
そして朧げな…今まで仕えた王女や妾の顔も。


サリヴァンの顔から、すっと表情が消える。

その瞳におよそ感情の色はなく、あるのは魂のない人形のような妖しい美しさのみ。


___時間がない。


闇の支配する静謐な森に馬の嘶きが響き渡る。
後には、ドッドッという蹄の音だけが余韻のようにどこまでも続いていた。