精霊の謳姫



辺りを紅く染める陽が山裾へ姿を隠し、
張った弓のような半月が静寂の包む城下を
ぼんやりと照らす頃…


ーー二つの影が薄明かりに揺れていた。



「…ノヴァ様。」



月の光を反射する鋼が、キシリと鳴く。

ひと気の無い石造りの渡り廊下で、
その音はいやによく聞こえた。


夜風に絹糸のような金髪を遊ばせながら、呼びかけられた少年は「なに?」と緩やかに振り返る。



「俺の前任だった騎士は、どうなされたんですか?」



彼が今日仕えることになった姫にも、
当然騎士はいた。
少なくとも以前、彼が修行にこの城を
出るまではいた筈だった。

…しかし、その騎士はある日突然いなくなってしまったのだという。



「さぁ、ね。
身体の具合でも悪くなっちゃったんじゃない?

良かったよ、”ちょうど”修行から帰って来た強い騎士が”たまたま”後任に選ばれて。」



ニコリと微笑む彼は表面こそ無垢な天使のようだったが、その言葉の真相を知ればそんな穏やかなことも言っていられないだろう。


なぜならこれは…
''偶然”ではなく、”必然”の出来事なのだ。


それをよく知る鋼の騎士は、例え前任の騎士に何をしていようと、彼が”偶然”の出来事であると言うならそれに従う他なかった。




「相変わらず鬱陶しいでしょ、
リディアは。」



ぽつりと、金髪の少年が呟く。
その視線は虚空を見つめながら。

…心に浮かぶ、少女を見つめながら。