「…柊涼音ではなくなった私は、美桜様を笑顔にすることはできるのだろうか」




柊本家の嫡子という地位も、柊最強の護衛人という力も失った。




私はただの涼音。
何も持っていない、ただの涼音。




ふっ
なにも言わずに聞いていた奴が笑った。




何故笑ったのか気になって奴を見上げる。




「…そんなのオレに聞くより、本人に聞いて見た方が早いだろ」




奴は親指で自分の背後を指差した。
何だろうと思って奴の背後を見れば、こっちに向かって駆けてくる複数の足音と風になびく黒髪が目に映る。




「…涼音!」


「…美桜さ、…」




私が名前を呼び終わる前に、私は美桜様に抱き締められていた。




怪我が痛まないようにそっと優しく。




これは抱き締め返してもいいのだろうか。
この私が、美桜様を抱き締めてもいいのだろうか。




宙に浮いた手をどうしようか悩んでいると、美桜様は私から体を離して真っ直ぐに見つめてきた。




「あのね、涼音に言いたいことたくさんあるのよ?
目が覚めてよかったとか、私を外の世界に出してくれてありがとうとか、ここの皆さんのこととかもう時間が足りないくらいに!


どうしようって悠汰に相談したら、一言こう言えばいいって教えてくれたの」