私を抱え上げ、悠汰様は私のお腹に本棚から取ってきたものを置いた。




これは…辞書。
ずっと読んでいた、お母様からもらった辞書。




お母様が外の世界に一度だけ出た時、これをもらったと言っていた。
私はその辞書を抱き締めた。




「…若っ!こっちです!」




木の茂みから声が聞こえ、悠汰様の足がそっちへと向かう。




名残惜しさはないけど、ふと屋敷の方が明るくて悠汰様の肩越しに屋敷を見る。




「…っ!ちょっと止まって!私を下ろして!」


「…?」




悠汰様の肩を叩いて下ろすように頼む。




悠汰様は困った表情をしながらも立ち止まり、その場に下ろしてくれた。




屋敷が炎に包まれている。




16年間、道具になるためにずっと過ごしていた屋敷が燃えていた。




「…あいつがやったんだ。
『美桜様がもう二度と道具などにならないように消す』って言ってたからな」




悠汰様が言うあいつとは涼音のこと。




涼音、ずっとそんなことを思っていたの?
あなたはずっとお父様の命令だからって私の護衛人をしていたんだと思ってたのに。




あの屋敷は燃えなくとも、もう帰ることはない。




屋敷に思うことなんてないのに…




「…み、はる…?」




私を見た悠汰様が視界で驚いているのが見えた。




「…あそこには何も思うことはないんです。
それなのに目から水が流れて止まらないんです。
悠汰様、この感情はなんですか?この目から流れる水はなんなのですか…?」




目が覚めると時々流れてきたこの水。




この水が流れる時はいつも決まって、お母様の夢を見ていた。




そして悠汰様との思い出に鍵をかける時、同じように流れてきた。




屋敷の炎が霞んで、ぼやける。




それでも屋敷をずっと見ていると悠汰様に引き寄せられて、頭が悠汰様の胸にくっついた。




私の後頭部と腰に悠汰様の手が回る。
湊兄様の時の冷気は感じない、とても心地がいい。