色のない世界。【上】





「お、今更そんな怯えてんのかよ。
くっくっく、いいねぇもっと見せろよその顔」




いつの間にかやってきた湊兄様が、私の上に跨り私の頬をなぞる。




怯える?
この私が怯えているの?




どういうことが怯えるということなのか、分からない。
でもこれが怯えると言うのなら、そうなのかもしれない。




背中に冷気が走ったように、ゾッとする。
道具としてこうなることは分かってた。




でも今までにない想いが溢れてくる。




…だ……嫌だ……
今からこの男にされると思うだけで、消えてしまいたくなる。




触れられたくない。
誰にも触られたことのないところまで、触れられるのはもっと嫌だ。




頑張って紐を解けばいいのかもしれない。
でも体が固まって動かない。




そんな時にいつも読んでいた辞書の一単語が思い浮かぶ。




『恐怖』…恐ろしく感ずること。また、その感じ。




ああ、そうか。
これが恐怖という感情なんだ。




ずっと感じてみたかった感情。
でもこの感情はできれば知りたくなかった。




ずっと悠汰様と暖かい感情のまま、過ごしていたかった。
こんな感情知らずに、悠汰様と一緒にいたかった。




なぜか目からは水が流れてきた。
これはいつも朝起きた時に流れていたもの。




私は目から水を流しながら、心の底に閉じ込めたはずの悠汰様を脳裏に思い浮かべた。