シャワーを頭からかぶると、
目を閉じて深呼吸をする。


本当に、久しぶりにあんな夢を見た。


よりによってあの人の前でかよ。
タイミングが悪すぎる。


軽くシャワーを切り上げて着替え、
部屋に戻ると桐生さんは本棚に手を伸ばしていた。


「何やってんすか?」


「勝手にごめんなさいね。でも、
 とっても熱心に勉強してるんだなぁと思って」


桐生さんが見ていたのは、医療系の本棚。


微笑ましそうに本棚を眺めては、
適当に取り出した本をぱらぱらとめくっていく。


変な人。


少しため息に似た息をついて座ると、
ラップがかかったご飯が目についた。


「先に食べてていいって言ったじゃんかよ……」


「……先生が来るのを待っていたんです。
 せっかくですから、一人で食べるのも寂しいものでしょう?」


「ああ……まぁ……」


一人言のように呟いたぼやきを聞き取られ、
ついつい動揺して返事を返す。


「これを食べたら私は出勤しますね」


「え?桐生さん、もう出勤なんすか?」


「ええ。神崎先生は午後からの勤務でしたよね。
 先生はやんちゃだけど、
 仕事の腕は良いですから。私と代わってほしいくらいですよ」


「えっ……」


俺はその辺の研修医のように使えない新人ではないと自負してる。
だけどこの人にこう言われるとどうも落ち着かない。


「……いただきます」


「はい、どうぞ」


自分の部屋なのに、
まるで他人の部屋に来てご馳走になってる気分だ。


そんな変な空間で、俺はこの人と朝食を済ませた。


少し、似ていたんだ。


母さんの、懐かしい味に。


小さな頃しか味わうことの出来なかった、あの味に。


幼くして母を亡くした哀しみが、
今になって込み上げてくる。


気を緩めたら何故か泣きそうで、
俺は必死になってただ黙々と箸を進めた。


桐生さんがこの家を出たのは8時を回った頃。


「では、また後で」


そう言ってにこっと微笑む彼女を、
なんとも言えない気持ちで送り出した。


桐生さんがいなくなったこの部屋で一人、改めて静まり返ると、
香奈との出来事、CDの遺書を聴いたことを思い出す。


その瞬間、この部屋がとてつもなく冷たく、
寂しい空気に包まれていった。