ったく。
この人酔っ払いみたいだな。


さっきから、運転している俺に話しかけてくる。


まるで桐生さんじゃなくなったみたいに。


「ねぇ知ってる~?医大生になってすぐだったんだけどね、
 あたし、変な男に付き纏われて大変だったんだよ~!?」


「あー。それは大変だったんすね」


「もぉー。もっと心配してくれてもいいでしょ~?」


ダメだ。
この人体調悪いんじゃないかな?


ふと気になっておでこに手をやると、
触った瞬間に熱があるのに気付いた。


「桐生さん!熱あるじゃないっすか!!
 なんでもっと早く……」


「あはは。なーにー?祐兎は自分の心配しなよ~。
 あ、ホラ。また煙草なんて吸ってー。
 喉にも心臓にも悪いっていつも言ってるでしょ~!?」


「…………」




CDの中の“祐兎”は、どうやら心臓が悪いらしかった。



“Blue sky”のギタリスト、
祐兎は心臓病で亡くなったのか……。



俺は真っ直ぐ前を見つめて、桐生さんの家まで車を走らせた。




「ちょっと。桐生さん。
 もうそろそろ起きてよ。鍵どこっすか?
 
 桐生さん!?」


「ん~……。びょーいんに置いてきちゃったぁ」


「はぁ!?置いてきたって……
 じゃあ家入れねぇじゃん」


「あはは。ごめんね。祐兎―」


「……しょうがねぇなぁ」



せっかく家まで来たのに、
まさか鍵がないとは思わなかった。


本当に、
普段の桐生さんからは想像もできねぇくらいガキっぽいな。



一人称も“私”じゃなくて“あたし”なんて砕けてるし。


これ、本人絶対無意識だよな。



明日起きたら、何にも覚えてないんだろうな。




「すんません。桐生さん。
 とりあえず俺ん家でいっすか?」



返事をしない桐生さんは、
俺の後ろで地面に座り込んだまま眠っていた。


その姿はとても有能な外科医には見えなくて、
何か違和感を感じたけど、


何故か口元が緩んでしまってしょうがなかった。



俺は寝ている桐生さんをそっと抱えて車に戻った。




静かに車を発進させると、
桐生さんは俺の服の裾をきゅっと握っていた。





「……祐兎」






時折そう呟く桐生さんは、
小さく泣きながら俺の横にいた。