☆
ったく。
この人酔っ払いみたいだな。
さっきから、運転している俺に話しかけてくる。
まるで桐生さんじゃなくなったみたいに。
「ねぇ知ってる~?医大生になってすぐだったんだけどね、
あたし、変な男に付き纏われて大変だったんだよ~!?」
「あー。それは大変だったんすね」
「もぉー。もっと心配してくれてもいいでしょ~?」
ダメだ。
この人体調悪いんじゃないかな?
ふと気になっておでこに手をやると、
触った瞬間に熱があるのに気付いた。
「桐生さん!熱あるじゃないっすか!!
なんでもっと早く……」
「あはは。なーにー?祐兎は自分の心配しなよ~。
あ、ホラ。また煙草なんて吸ってー。
喉にも心臓にも悪いっていつも言ってるでしょ~!?」
「…………」
CDの中の“祐兎”は、どうやら心臓が悪いらしかった。
“Blue sky”のギタリスト、
祐兎は心臓病で亡くなったのか……。
俺は真っ直ぐ前を見つめて、桐生さんの家まで車を走らせた。
「ちょっと。桐生さん。
もうそろそろ起きてよ。鍵どこっすか?
桐生さん!?」
「ん~……。びょーいんに置いてきちゃったぁ」
「はぁ!?置いてきたって……
じゃあ家入れねぇじゃん」
「あはは。ごめんね。祐兎―」
「……しょうがねぇなぁ」
せっかく家まで来たのに、
まさか鍵がないとは思わなかった。
本当に、
普段の桐生さんからは想像もできねぇくらいガキっぽいな。
一人称も“私”じゃなくて“あたし”なんて砕けてるし。
これ、本人絶対無意識だよな。
明日起きたら、何にも覚えてないんだろうな。
「すんません。桐生さん。
とりあえず俺ん家でいっすか?」
返事をしない桐生さんは、
俺の後ろで地面に座り込んだまま眠っていた。
その姿はとても有能な外科医には見えなくて、
何か違和感を感じたけど、
何故か口元が緩んでしまってしょうがなかった。
俺は寝ている桐生さんをそっと抱えて車に戻った。
静かに車を発進させると、
桐生さんは俺の服の裾をきゅっと握っていた。
「……祐兎」
時折そう呟く桐生さんは、
小さく泣きながら俺の横にいた。