―目の前が真っ暗。耳鳴りもしてきて、少し肌寒い。
「おい…起きろ。」
「…嫌です。」
目を開けたら、あの世かもしれないので怖い。深夜くんは、カチンと来たのか更に低い声で言った。
「…落とすぞ?それか、飛ばす」
「ごめんなさい!起きますっ!」
深夜くんの脅しに完全にビビり、私はパチッと目を開けた。

まず目に入ったのは、光だった。街灯に住宅街の光…三日月の光…無数の星。
すべてが光に包まれていた。
「綺麗……」
「良かったな、あの世なんかじゃ無くて。」
「う……」
やっぱり聞かれていた。私は少し恥ずかしい気分になり…ふと俯いた。

その時…下を見ると町並みが見えた。何故か川も見える。道路も上から見ているような感じだった。つまり…私、浮いている?
「きゃああああ!?」
「うるさいぞ、ビビり。近所迷惑だから、落ち着け。」
「な…っ…ま…っ…み…」
パクパクと言葉に出来ない。

(なんで、町が見えるの…!?)
「ああ?よく見ろよ。」
言葉に出来なくても、心に思った事が分かったようで…深夜くんが言った。
言われた通り、よく見てみると…深夜くんが私を抱えていた。

「――ええっ!?ななな…」
お姫さま抱っこをされていたのを今さら、気付いた。
(は…恥ずかしい…)
「仕方ないだろ?こうしないと、お前を一人浮かせるのは難しいんだよ」
(…そ、そっか…)
と平静になろうとするが、すごく恥ずかしくて、顔が赤くなってしまう。鼓動も異常なぐらいにドキドキ…とうるさかった。

「じゃ、とりあえず…バレる前に遠くに行こうか」
「う…うん」
荷物を胸に抱え、深夜くんに体を預けて…私達は家を出た。


―空を飛ぶのは怖い。と町で深夜くんに降ろして貰い…私達は、人気のない商店街を歩いていた。
「そういえば…学校…どうしよう…それに両親も心配する…」
家を出て、来るであろう罰から、逃げたが…よく考えたら両親が心配してしまう。

深夜くんは、溜め息を吐いて私を見ずに、前を向いて言った。
「…逃げる方が大事だ。今は忘れて…早く行くぞ」
深夜くんは冷たい言葉を放した。
私は何だか、悲しくなって…足を止めた。深夜くんは私に気付き…振り返った。
「…どうした?」

深夜くんは、私の気持ちを考えていない。さっき、優しかったのが嘘みたい。
「家に帰る…」
「はあ?ここまで来たのにか?」
「深夜くんには分からないよ…」
背中を背けて、深夜くんの声を無視して…私は商店街を出ようと駆ける。

とその時…いきなり、黒い格好をした人が、道を阻むように目の前に現れた。
顔をフードで隠しており、怪しげな雰囲気を出していた。
(…何……?)
「ビビり!コイツは、死神だ…!!こっちに来い!」
「えっ……!」
深夜くんがそう叫ぶと、目の前にいた黒い人が、ニヤッと口元を歪み…鎌を出した。

私は怖くてガタガタと体が震え…動けずにいた。
「くそ…!麻衣…!!」
鎌を振り上げ、私を斬ろうと腕に勢いつけて…下ろされた瞬間。
キィン…と甲高い音が鳴り響いた。
深夜くんが、私の前に立って鎌で受け止めていた。

「馬鹿か、ビビり!」
「ご…ごめ…っ…」
恐怖と深夜くんにまた助けてくれた事に、涙が出てしまった。
「泣くなよ…」
深夜くんは、背中を向けながらも優しく宥めてくれる。
「…それより、コイツを何とかしないと…!」

深夜くんより、背の高い死神は、ニヤッと笑みを浮かべていた。
その時、深夜くんが鎌に力を入れて、油断した死神の鎌を飛ばし…地面に倒させた。
「…お前は…王の遣いか…?」
深夜くんが、鎌を死神の首に突き付けた。

それでも、死神は怖がる事なく…笑みを浮かべたまま。
「私は単独で、行動している…。休暇だから遊んでいるんだ。人間なら誰でもいい…あの世に逝かせてやるんだよ」
「……!」
(信じられない…)
死神は皆…こういう人達なの?

すると、深夜くんが鎌をガチャン…と落とし、死神の胸ぐらを掴んだ。
「お前…っ!」
「や、止めろよ。お前は新人だから分からないだろうけど…意外と楽しいぞ?」
そう言って、死神はゲラゲラと笑い出した…その時。

バキッ…!
骨が折れたような鈍い音がした。深夜くんが死神を殴ったのだ。
死神は顔面を殴られて、鼻血を出して、気絶してしまった。
「し、深夜くん…」
「不愉快だ。行くぞ、ビビり」
深夜くんは鎌を取って、背中を向けた。私は戸惑いながらも、その背中を追いかけた。

(深夜くん…あなたの事、もっと知りたくなった。あなたは…)


―【深夜 商店街】―

(つい、殴ってしまった)
商店街で急に現れた死神は、任務以外に関係無い人間を殺していた。
まだ、“時”のある人間の命を奪った行為は、罪深い行為だ。

(俺も…人間を生かしてしまったけどな。)
死神の世界には、人間界の法と同じように…やってはいけない法がある。
それを破った者には、王により…厳しい裁きが下される。

それを知ったのは、幼い時から。疑問はあった。まだ生きる“時”があるのに…決められた運命で、死神の手によって、命を絶つ。

―そんなのおかしい。
そして…死神の仕事を初めてやる事になった俺は、開始早々に法を破ってしまった。
正確に言うと、破った。
わざわざ、学校に潜入して…ターゲットに近付いたのに、仕事放棄。

初めての仕事だったのに。でも、後悔はしていない。
それで一人の人間が長生きする。
俺のせいで、今、人間を危険な目に遭わせてしまっているが…。

俺は守ってみせる。
もう大切な人を失いたくない。
目の前で、消えて欲しくない。
…なんて事を言ったが、ビビりに、特別な気持ちは無い。
吉田 麻衣を守る理由は
目の前で消えて欲しくないから、守る。それだけ。

目の前で消えたら、嫌なだけ。
大切な人でも無いし。
…勘違いするなよ。