―空気を切り裂く音が、すぐ側で聞こえた。目をゆっくり開けて、横を見ると私の体に触れそうな距離に鎌が刺さっていた。

「ひっ……あっ!」
鋭そうな刃に驚いて、私はベッドから転げ落ちる。
「……馬鹿か、ビビり」
佐藤くんが呆れた顔で、私に手を差し伸べた。でも…死神と分かった私には、佐藤くんの手を触れる事が出来ない。
(怖い………)

佐藤くんから、目を逸らして私は自分で起き上がった。佐藤くんは一瞬、複雑な表情を浮かべて…
「…俺が怖い…か。当たり前だな」
と自嘲な笑みで独り言を呟いた。

ベッドを見てみると鎌が突き刺さったままで、シーツが破れてしまっていた。
(新品のシーツが…。いや、それより…どういう事なの?)
佐藤くんの正体が死神で、私の命を奪いに来た…。それなのに、佐藤くんは私を殺さなかった?

視線を向けると佐藤くんは、居心地悪そうな顔で、私を見据えていた。でも、真っ黒な瞳は真剣な目だった。
「佐藤くん……」
「…別に、気が変わっただけだ。ビビりの命に興味は無い」
「………」

この人…何なのだろうか。いや、そもそも人間じゃ無い。でも…死神でも、私の命を奪わなかった。
(気が変わっただけでも、私は…助けてくれたと思っている)
根拠は無いけど、佐藤くんの事を悪くは見えなかった。

「佐藤くん…ありがとう」
心からの気持ちを佐藤くんに伝える。佐藤くんは、一瞬目を丸くして…私をジッと見つめる。
「…変なやつ。死神(俺)に礼を言う人間なんて、誰もいなかったけどな」
と言いつつ、佐藤くんは顔を赤くしていた。照れた顔をじっと見ると背中を背けられ、軽く怒られた。


―怒られた後、お互いずっと無言で、ベッドに腰かけていた。鎌が突き刺さった跡は、残念ながら残っていた。

でも、自然とベッドに座って…特に何もしないで、ただ時間だけが過ぎた。
(佐藤くん…どうするんだろう)
「帰ったら、王に厳しい罰を受けられるだろうな」
(えぇ…っ!!大変な事をしちゃったんだ…私のせいで…)
「別に、ビビりのせいじゃ無い」
(でも………って、あれ…!?)

今、気付いたが心の中で考えた事を佐藤くんは、普通に答えている。
(…という事は、佐藤くん…学校で私の心を読んでた…?)
「ああ、死神の力ってやつだ」
「…すごい…」

漫画の世界にしか、存在しない架空なものだと思っていたが…今、目の前に死神がいる。
すごく、目の前に。
(…夢?)
「…ああ?寝ぼけてるのか?鎌で起こしてやろうか?」
「起きてますっ!!ハッキリ、ギンギンに目覚めてます!」

相変わらず、冗談に聞こえない脅しをされて、私はビビってしまう。
(…あれ、私…ビビりだわ…)
「おい、思ったんだけど…。」
「は…はい?」
「…俺と一緒に逃げないか?」
「………え?」

一緒に逃げる?それも、佐藤くんの冗談なのだろうか。
「俺は、お前を生かした。それを王に知られたら、お前は確実に…ただじゃ、済まない」
それも、脅し?というより脅しであって欲しい!
「…う、嘘…」
「この状況で、嘘なんか言うか。昔にも、そういう事があったんだ…。生かされた人間は、王に相当の罰を受けられたんだ」

佐藤くんが私の目をじっと見て、視線を逸らそうとしない。
「その…人間は…?」
「結局、死んだ。生かした死神も……死んだ」
「………!」
佐藤くんと私に待っているその先は…“死”…?

(そんな…希望も無いの…?)
絶望という名の穴に落とされた私は、呆然と言葉を失う。
すると佐藤くんは、すくっと立ち上がり、私に手を差し伸べてきた。
「…望みは、ある。人間と死神が死んだ後…王が変わったんだ。だから、助かるかもしれない」

佐藤くんは、落ち込んだ私を励ますように少し明るめな声で言った。
強引で怖かった佐藤くんが優しく見えて、私はドキッとまた心臓が跳ねた。
(佐藤くんは、死神だけど…本当は優しい人なのかも…)

佐藤くんの事は、まだよく分からないけど…私の命を救ってくれた。それだけで私は、佐藤くんを信じられる。
「…ところで、“佐藤”って呼び方…変えてくれないか?」
「え…?さっちゃん…とか?」
「ブッ…さっ…!?もっと良い呼び方があるだろ!」
「えぇ…?」

こんな事、急に言われても…。
「じゃあ…佐藤ちゃん。」
「鳥肌が出るから、やめろ。もういい…俺が決める。佐藤は人間界で、使う嘘の苗字だ。だから…」

といきなり、グイッと手を引っ張られ…佐藤くんの胸に寄り添う。
「“深夜”と呼べ。ビビり…」
ニヤッと不敵に微笑み、私を窓際に連れてきた。外は勿論真っ暗で、三日月が妖しげに住宅街を照らしていた。

「え…佐藤…深夜くん、何を?」
「くん付け…まあ、いい。何って逃げるんだよ、ビビり。荷物は、一応用意しただろ?」
「したけど…って、まさか…ここから?本当?冗談?」
「その、まさか。行くぞ!」
「え…きゃああああ!!」

佐藤くんに引っ張られ、私の体は窓の外へ投げ出された。