あなたはある人を、本当に欲しいと思った事があるだろうか。どんな手段を用いても、どんなに他人に迷惑をかけても、絶対に手に入れたい。そう思う人はいるだろうか。



宇宙から見た地球は、使い古された表現だけれど、碧く美しい。海の碧の上に、雲が織成す白いコントラスト。如何なる芸術家でも作り得ない、至高の作品だ。
突然、それを汚す紅い光が、ひとつ生まれた。すぐに小さくなった光は、これから起きる出来事の序曲だった。


舞い上がる血飛沫が、人々の悲鳴を誘った。
「きゃあああ。」
若い女の声だ。女の前には男が立ち尽くし、頭から流れる血は噴水のようだった。
「誰か、誰か救急車を。」
男が側にいた中年の男達に声を掛けた。しかし、目の前にある異様な光景に、動く事が出来なかった。
「貸せ。」
携帯を手に持ったまま、何も出来ない中年達に苛立ちを感じ、有無を言わさず奪い取った。
「あ、おい、あんた。人の携帯どうするんだ。」
我に返り、男に文句を言った。
「うるさい。」
一喝して、内ポケットを探った。
「人の携帯だぞ。返せよ。」
中年の男のひとりが、男の肩を掴んだ。瞬間、内ポケットから、警察手帳が出てきた。
「け、警察・・・。」
警察手帳には、男の名前が書いてあった。
剛田拳。
名前が示す通り、強さが服を着て歩いているような男だった。
警察手帳を見て酔いが冷めたせいなのか、それとも多勢に無勢とはいかないと悟ったのか、男達は従順になった。

すごい音がした。
剛田が振り返ると、そこには大きな真っ赤に染まったアスファルトが拡がっていた。
剛田は、倒れた男に駆け寄った。
そこにいた誰もが思ったはずだ。
―――あの男は死んだ。
剛田自身も、そう思っていた。それでも、わずかな望みを掴み取ろうと、必死で助けようとした。藁にもすがるとは、まさに今の剛田のような事を言うのだろう。
「生きろ。生きろ。」
声に合わせるように、救急車のサイレンが聞こえてきた。
救急車に載せられる男。この男が再び目を覚ます事はなかった。