銀盤の国のお姫様

 本人曰く、トリプルフリップを決めてから、自分の出番までの記憶がない。

 トリプルフリップを成功させた喜びが、脳味噌の隅から隅まで染み込んだからか。

 和歌子が例え自分の息子が登場しても、そんなのそっちのけで華音有を誉めちぎった。

 オープニングが終わって出番までロッカー室で待機してる最中、色んな人から声かけられているが、

『凄かったよ。』

 と言われたことすら記憶にないほど。

 頭が喜びという固い膜に覆われ、外からの刺激を弾き返していたからか。


 基一、和歌子といった人の演技が終わり、いよいよ華音有の出番。

 ここで、我に返った。
 その瞬間、喜びの膜が、心の奥深くから光の速さで駆け巡る緊張によって、一気に壊された。

 慌てて、深呼吸して緊張を止めようとする。

 ただ深く息を吐いても、肩が大きく上がったままになってしまう。

 そんな彼女に、

「かおちゃん。」

 振り返れば、陽一が立っている。

 にこっと笑いながら、

「今からね、ギャグやるから、三、二、一って数えて。」

 “何言っているの?”と聞きたい顔を無理やり奥に押し込んで、

「三、二、一。」