銀盤の国のお姫様

「二十番 姫路華音有さん 神奈川県立中津高校。」

 いよいよ本番だ。

 呼ばれてから、一分以内に始めないと減点される。

 一蹴り、一蹴り滑るたびに、彼女が小柄ではないのに小さく見える。

『頑張れ。』

 そんな言葉はほとんど聞こえない。
 一部のスケートファン以外は、無名の選手だから。

 大丈夫、華音有の背中を押す人はいる。私もその一人になっているはず。
 いや、背中を押す、何かが華音有にはあるはず。
 根拠はないけど信じようとするが、見ているこっちが不安になる。

 頼む、トリプルアクセル、決まってくれ。
 今季、ショート、フリー通じて一回も決まってない。原因は分からない。


 リンクの中央についていったん停止。

 全身を大きく使って、華音有の身長・肩幅より大きな長方形を描く。
 きっと、目の前には大きな扉が見えるのだろう。
 それを、この世の人間に示しているのだろう。

 氷にそっと触れるだけで、華音有は魔法にかけられる。

 王子様のキスよりも、強力な魔法にかけられる。

 その威力によって、手の甲を自分に向けて、両手で顔を覆い隠す。

 彼女にふさわしい音楽が流れると、扉を開くように腕を動かした――

 仮面舞踏会の始まりである。