水鳥嬢が実家に帰って二週間が過ぎようとしていた。

姉と義兄さんがスイスへ発つまであと二ヶ月に迫っている。

二人が出発するまでには何とか水鳥嬢を呼び戻そうと目論んでいた俺は、水面下で始動させていた案件を予定よりも半年早く提出することにした。


前々から検討していたとはいえ、俺はどうしてこんなにも鼻が利くのかねぇ、と自画自賛してしまったくらいだ。

この案件さえ通してしまえば確実に部長職への昇格が待っている。

水鳥嬢の引き抜きに対して、社内では何ら問題になることなど無くなるのだろう。

面倒なのはうちの会社の暗黙の了解である『部長職以上は既婚者』という決まりだが、まぁ、それも何とか言いくるめることが出来るだろう。




問題は、この案件を通さない限り水鳥嬢を呼び戻すことが出来ない、ということだ。

まずは案件を通すことで社長を納得させ、それなりの地位を確立する必要性。

先方の会長を納得させるだけの自分の営業スキル。

そして何より。

『個人的に』会長に認めてもらうことが、今回の俺の最重要課題なのだ。

俺という人物に会長がどんな『価値』を見出してくれるか、ということが、水鳥嬢を呼び戻す一番の要素となるに違いなかった。




ドアがノックされる音がする。

しっかり息を吸い込んで、応接のソファーから立ち上がった。