「カズ。天下の柴田財閥を相手にする覚悟はあるの?」




何も言わない俺にしびれを切らしたのは姉の方で。

強い目線で俺を見つめていた。



柴田財閥。

知らない人などいないだろう。

金融、工業、物産など幅広く扱っており、中でも自動車工業の発展は目覚ましく、戦後解体されたとはいえ日本の中枢を担う財閥だ。

そんなところの御曹司、しかも現社長の長男との婚約。

そんなもの解消できるものなのかどうか検討すらつかない。




けれど。

それが水鳥嬢を手放す理由になど成り得ない。




「姉さん、誰に聞いてんの?俺、そんなに聞き分けがいい方じゃねぇよ」


「知ってるわよ。昔から教えてきたでしょう。欲しいものは『頭を使って手に入れなさい』って」


「そうだな」




相手にとって不足はない、むしろ大物過ぎる相手をどうにかして水鳥嬢を手に入れて見せる。

そんな決意が姉には伝わったらしく、楽しそうに笑った。

義兄さんはどうしたもんかと思案顔を続けており、何故か姪と戯れている水鳥嬢はとても無邪気だ。




俺が手に入れたいのは、その無邪気な笑顔だ。

後ろ盾も何もない、ただの『南 水鳥』が欲しいんだ。




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翌日から水鳥嬢は単身、自分の実家へと帰って行った。

長らく取っていなかった夏休みを全て使っての帰省だった。


俺は待っていることしか出来ない訳じゃない。

そんなのは柄じゃない。


そもそも、俺が大人しくしてると想っているなら、水鳥嬢はまだまだだ。




見送った彼女の後姿を想い出しながら、会社携帯に手を掛ける。

呼び出し音を聞きながら、自分のタバコに火を点けた。