振り返ってみれば、彼から連絡が来たことは一度もなくて。

気が付けば私が連絡するようになっていたな、と想う。

私は最初に『気が済んだら、やめればいい』と言った。


彼のあの日の穏やかな顔。

あれは『もう大丈夫』という彼からのメッセージだったのかもしれない。

ならば、彼は『もう会わない』という結論をしても不思議ではない。

一か月が経って、そんな風に想うようになってきた。




会社で時折見掛ける彼は、相変わらず無表情で仕事をしている。

後輩に囲まれている時も営業部に混ざって仕事をしている時も。

彼はいつも同じ顔をしていた。


丁寧で優しく、知的で落ち着いている。

そんな彼がどんなことを考えているのか、見抜ける人はほんの一握りだ。


ガラス張りのミーティングルームで、年末のカウントダウンイベントの打ち合わせをしている。

廊下から彼を見かけて、こんなに遠くからでは瞳の中の感情を読み取ることが出来ないな、と想った。




「亜季さんっ!」




後ろから千景に呼び止められて振り向く。

急いでいる様子は明白だったが、どんな状況でも『淑女の振る舞い』をしなさいと言いつけてあるので、身のこなしに慌ただしさはない。

焦りが浮かぶ千景にすぐ状況を確認し、トラブル対応のため秘書室を目指した。




千景に呼ばれた私のことを、ミーティングルームから見つめる人がいたことを。

私は知らなかった。