一瞬の沈黙があって、思わず今口走ってしまった言葉に後悔した。

取り消そうかと思い、口を開くと……



《……悪い。今から行くところがあるから》



落胆させるような返事。

どこかに、それ以上食い下がることを許さない空気があった。



「そうですか……」

《……お客さん。汐留駅着きましたけど》



納得した返事を言うとともに、受話器越しに別の人の声が聞こえた。


それはおそらく、タクシーの運転手さんらしき人。


どうして汐留?


そんな時、女の勘はおそろしく働く。


縁のない駅。
あたしたちの住んでいる場所からも、会社からも遠い。
取引先でも聞いたことがない。


それなのに、拓がそこに言った理由は……





「葵……さんですか?」





あの彼女しか、思い当たらない。