その年の秋に子供は生まれ、人から愛されることの喜びを知ってほしいという思いをこめ、“私を想って”という花言葉のある植物の名前をつけた。
それがアカネ―私の名前―と母は私が中学に上がったくらいの時期にそう教えてくれた。
その話を聞いてから、私は花言葉に興味を持ち 花言葉がたくさん掲載されている辞典を買い 庭に咲いている花は一通り調べつくした。

ある日、友達と花言葉の話になったとき、『そういえばアカネはなんやったろか?』とその日一日中考えたが思い出せず、家に帰ってから辞書を引くことにした。

辞書を引いて私は絶句した。茜草―――≪媚び、誹謗、中傷≫・・・あたしは母に猛講義したが、母は「私が調べた本には良い事しか載ってなかったわ」と、謝って欲しかったのに謝ってもらえず、その上あまり気にも留められなかった。
母のそんな所も好きだったが、反抗期だった私は母に『お前の名前は お前にぴったりじゃ!』とツバと共に暴言を吐き散らしてしまった。
ちなみに母の名前はツル乃(の)、姓は村前(ムラサキ)――
ツルムラサキ―――頼りすぎ
その時期の私は、滅多に会えない父、結婚していないのに 父から生活費を受け取っている母にものすごく嫌悪感を抱き、理由もなく母を罵倒していた。
『反抗期は一時的なもの』と母はほとんど聞いていないフリをしていたみたいだが、父に会えないのは母も一緒で、今思えばきっと母も辛かっただろう、と少し申し訳ない。

まあ、ツルムラサキに限らず、ひとつの花でもたくさんの花言葉がある。
私はその日に『花にはいろんな解釈があり、人もそれをあらゆる感性から解釈する』ということを学んだ。