母はそろそろ結婚のことも考えてはいたものの、母の両親から父の収入の不安定さが理由で結婚を反対された。

反対された父は『これが売れなければ ミュージシャンとしての夢を諦め、ちゃんと家庭のために働こう』と決め、作詞、作曲、唄ともに本腰を入れた某CMとのタイアップ曲をリリースした。とたんに 人気、知名度ともにうなぎ昇り、その年の音楽界最大の賞をも受賞、急遽東京での生活を余儀なくされた。

父と母は東京へ行く前に婚姻届の提出を済ますつもりだったが、今度はレコード社に反対され、仕方なく、子供の認知だけという形になってしまった。

父は母を東京に連れて行くつもりだったが、母は初産ということもあり、知らない土地に行くのは気が進まず、結局父は一人で上京することになった。
母は父なしの地元、父は母なしの東京での遠距離生活が始まる。

父は東京へ出発する前日、母のために 近くの花屋で花を一鉢買ってきた。
しかし父は花には無頓着で 知識の欠片もなかった。
仕方なく、恥ずかしさを隠しつつ 店のお姉さんにかくかくしかじかの事情を話し、ぴったりの花を選んでもらった。
父は『もっと華やかな花が良かったかな』と思いはしたが、せっかくお姉さんに選んでもらったし、花言葉についてまで詳しく教えてもらったのだから断ることも出来ず、リボンのついた花を一鉢持って帰った。

父が東京へ発つ当日、身重な母は空港までは見送りには行けず 玄関で父を見送った。
その時父は、玄関の脇に隠してあった花を母に手渡した。
照れもあり、花屋のお姉さんのように上手く説明は出来なかったが、母は涙した。
母は感激のあまり、その時の説明は殆ど覚えていないという。

ただ覚えていたのは花の名前と、とても素敵な花言葉。
センニチコウ―――花言葉は≪不朽、不変の愛、安全≫。
母はその花を庭に植え、その花だけでは花が寂しがるかもしれないと思い、それからたくさんの花を植えるようになった。