名前…?
何で、そんなこと?




心の中では疑問符だらけなのに、彼の声は1秒の沈黙も許さなくて。


「水沢…光(ミズサワ ヒカリ)」


気づいた時には自分の本名を口にしていた。



「……。」


彼はその事について特に返事はせず、一段階段を降りた。そのまま二段目へと踏み出そうとする彼。



「…ち、ちょっと!人に名前聞いといて、自分は何もなしっ?少し失礼すぎるんじゃない…っ!?」



流石にやられっぱなしで納得いかなかった私は彼の背中にそう叫んだ。


「名前、教えてよ。」



そろそろターンがまわってきてもいい頃だ。




「……はぁ」



ため…息?


少し間をとって私に返ってきたのは、彼の名前ではなく心底うざったらしそうなため息だった。


「…な!なんで!私がため息つかれなきゃなんないの!意味分かんない!あんたが先に聞いてきたんでしょう!意味の分かんないタイミングで!答えてあげただけでも感謝だよ?それを、わざわざこっちから名前聞いてるのに…!」



名前を聞かれたからしっかり答えて、それに対して相手に名前を尋ねただけだ。


礼儀を守ったとして褒められる言われはあっても、ため息をつかれる言われは断じてない。



それなのに。


「ちっ…」

そう舌打ちをかまして、首だけ振り向いた彼は「本当面倒かつ煩い」とボソッと呟いて、



「深山 色(フカヤマ シキ)」



そう投げ捨てるように呟けば、今度こそ本当に一切振り向くことなく階段をスタスタと降りていく。



私はというと彼と自分の温度の違いに、猛烈に暑さが込み上げ、彼が階段を三分の二程降りていよいよ姿が見えなくなるまで、手をグッと握って仁王立ちしていた。