「渚さん、渚さん」
少年が声をかける。
・・・・・・こいつが変な話をしてくるから。
わたしは立ちあがって、少年をにらみつけた。
しかし少年はひょうひょうとした様子で、
「よく見ててくださいね」
と言って、とんでもないことをした。
ジーンズのポケットの中から、一本の釣り竿を、するすると取り出してみせたのである。
海水に濡れたそれは、いまさっき海に沈んでいったはずの、わたしの釣り竿だった。
「はい、どうぞ」
少年がさしだした釣り竿を、わたしはぼうぜんとしながら受け取った。
「・・・・・・どうなってるの?」
「言ったでしょう?ぼくは、海なのです。ぼくのポケットは、海とつながっているのですよ。だから、海の中にあるものなら、何でも取り出せます。ほら、こんなこともできますよ」
すると、少年のポケットから、大きなマグロの頭がにゅるっと出てきた。口がパクパクと動いていた。生きている。
物理法則を無視したその光景に、わたしの胸は高鳴った。
すごい。この少年、本当に「海」なんだ。



