=さくらキッス=


あの春は、いつもの年よりもサクラの開花が遅かったと思う・・・
わたしと彼との3度めのデートの夜。ふたりで歩いた河川敷のサクラの花がほぼ満開に開いていた。

「サクラってどうして葉っぱが出る前に咲くんだろう?」
わたしは、ずっと疑問に思っていたことをひとりごとのようにつぶやいた。


「サクラって男かもなぁ・・・」
そう云って、彼は笑った。


「え?男?」
わたしには、彼の言葉の意図がわからなかった。


「そう、とりあえずヤリたいって本能と、とりあえず咲きたいって本能が似てるような気がした」


「あなたって正直ね!」
そう云いながら足を止めて、頭の上で咲き誇るサクラの花を見上げた。


「いい女だなぁとか、可愛いなぁ!って思ったら、男は反射的にみんなそう思う生き物だよ」
彼はそう云った後、サクラを見上げているわたしの横顔をじっと見つめていたような気がする。


そのまま、わたしが顔を彼に向ければ、キスになると思った。



でも、わざとそうしなかった。ただ黙って、サクラを見続けていた。



「ねぇ、キスしようとしてるでしょ?」


「うん」


「わたしっていい女?それとも可愛い?どっち?」


「いい女だし、可愛いし、両方さぁ」


その直後、サクラの花びらが風に揺れて小雪のように舞った。


そして、彼はわたしの肩に掌を当ててそっと引き寄せ、初めてのキスをしてくれた。



あれから2年、同じ道を同じように彼と並んで歩いている、サクラ満開の春の夜。



「ねぇ、覚えてる?」
わたしは不意に問いかけた。


「何?」


「ふたりの初めてのキス・・・」


「なんとなくね・・・」
照れるように、真っ直ぐ前を見ながら曖昧に答える彼。


「この道で、こんなふうにサクラの花が満開に咲いてて、やっぱりキレイだったよね!」

「うん」


「正直に答えてくれる?」


「なんだよ急に?」


「いいから、正直に答えて!」


「うん」


「わたしってさぁ、あの頃よりいい女になった?可愛い女になった?」


「どうして?」
彼は、答えをはぐらかした。


「いいから、答えてよぉ~」


「じゃぁ、Yesだ!」


「そんな云い方じゃなくって、もっとはっきり云ってくれなきゃ!」
わたしは、彼の目をキッと見つめた。


「君はいい女になったよ!」


「もうひと言は?」


「可愛くなったよ・・・」


「じゃぁさ、50年後もここであなたに同じ質問したら、同じように答えてくれる?」


「うん!」


「ねぇ、キスして・・・」
わたしは彼の腕を掴んで、くちびるを彼に寄せた。