笑わぬ黒猫と笑うおやじ


▽ ▲ ▽ ▲


 お爺さんのお通夜が終わった。
 あんなに優しかったお爺さんが、もういない。
 もう、いない。
 そう頭では理解しているのに、実感が沸かなくて、ふわふわして……。


「撫子ちゃん」


 正座した膝の上で、拳を握り締め、ぼんやりしている私の視界に誰かの足が映りこんだ。
 私の名前を呼んだこの声からすると、塩谷さんだろう。

 私はゆっくりと顔を上げると、塩谷さんは相変わらずへらりへらりと笑いながら、私を見てきた。


「(……なんで、こんな時に笑えるのかな?)」


 塩谷さんが分からない。
 こんな時に、なんで笑えるんだろう。
 いや、けど……こんな時に無表情な私も、どうかと思うけど。

 悶々とそんな事を考えていると、塩谷さんが私の隣に腰を下ろした。
 なにか話があるのかな?なんてそちらに視線を向けようとしたら、ぐいっと後頭部を掴まれ、引き寄せられた。


「わっ…」


 引き寄せられたせいで、ぽふん、と私の額が塩谷さんの胸板にぶつかった。
 引き締まった胸板のせいで、少しだけ痛かった。
 ……いや、と言うか、これは…?


「あの……やめて下さい」
「あらあら、クールだねぇ、撫子ちゃんは」
「…………怒りますよ」
「まぁまぁ。涙が引っ込むまではこうしてなさい。本当ならおじさんのここ、高いんだから」
「……なみ、だ?」


 何を言ってるんだろう。
 こんな、無表情な私が、泣いてるだなんて……。


「あ……」


 頬に手を当てると、思わず声が出てしまうほど、涙が流れていた。
 驚いた。自分でも無意識のうちに泣いているなんて。

 …と言うか、まだ会って間もない人に、泣いている所を見られるなんて、最悪だ。
 そうは思うものの、お爺さんが居なくなってしまったという悲しさの方が強くて、私はポロポロと涙を流し泣き続けた。




▽ ▲ ▽ ▲


 どのくらい泣いたのか分からないほど、時間が流れた頃。
 泣きすぎて赤い目を、鏡で眺めていたら、話があるから、と塩谷さんに呼ばれ、お手洗いからお爺さんの部屋へと移動した。


「ありがとうね、親父の為に泣いてくれて」
「……いえ」
「で、話っていうのがね……」


 言葉を紡ぎながら、ポケットから何かを取り出した。
 長方形の白い封筒には、遺言書、と書かれている。

 あぁ、自分で死期が分かっていたのか、と思うと、また泣きそうになってしまって、私はぐっと拳を握り締めた。