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「……吉村?」
やっとのことでトイレを出た俺に、懐かしい声が聞こえる。
「やっぱり!!久しぶり」
そう言って、手を振りながら近付いて来る。
「下田……元気か?」
気まずい雰囲気を作りたくなくて、必死に口を開く。
あまりにもありきたりな質問だったけど。
「元気だよ。吉村は?」
あの頃と変わらない、下田の持ち前の明るさ。
「おう」
俺はただそう答える。
丁度視界の隅に、千夏ちゃんの姿が映る。
手を振って近付いてくる千夏ちゃんに気付いた下田が、俺にまた問いかける。
「彼女?」
少しだけ、表情を曇らせながら。
俺はただ頷いて、下田さんの次の言葉を待つ。
「ちゃんと、彼女を想ってる?彼女自身を」
ずきん、と心臓が少しうずく。
「あたしみたいな想い、させないでね」
少しだけ、瞳を潤ませて、下田さんは笑った。
それから手を振って、俺に背を向けて歩き出した。
俺は彼女の背中が見えなくたっても、 しばらく呆然としていた。
心配そうに俺を見つめる千夏ちゃんにも気付かずに。

