「巽にとっては葵ちゃんのほうが好都合だったのには間違いないと思うよ。だけどそれだけじゃないんじゃない?」
「お前のほうが御しやすい、的なことは言われましたけれど」
「あー、それは適当ないいわけでしょ」
 どうしてそこを断言できるのかはわからないけれど、つっこんでもきっと解決しないだろうから聞き流しておく。

「たとえばさ、葵ちゃんてマナーいいよね」
「え、そうですか」
「うん、ときどき思うよ。同年代の女の子がしそうにないなってことしてる。しかもスムーズに」
 言われてみてもいまいちわからない。ただ母親がきちっとしたひとだったので、もしかしたらしっかりしつけてくれたのかもしれない。
「そういうのってさ、育ちの良さを判断する材料になるよね。で、信頼にもなる」
「信頼、ですか」
「そう。しつけの場合小さい頃はできても、成長するにつれて周りの環境に染まってやらなくなっていくことも多いでしょう。そこの選択肢を間違えると痛いひとになってくけれど、マナーの良さなんかは、その本人にしっかりとした目と意思があるんだなっていう信頼」
 おもしろい観点だなと思う。確かに言われてみれば漠然とそういう判断をくだしているのかもしれない。たとえば煙草を吸うことには反対しないけれど、そのマナーが悪いひととはおつきあいはお断りしたい。

「でもってそれもきっかけ。きっかけってひとつじゃない。いくつかあって総合的に判断して結論が出るもんだと思うよ」
 気づけば、店内にはちらほらと他の客が入っていた。ちょっとずつ話し声が増え、女将さんもはりきって動いている。
「俺は巽が葵ちゃん選んだって聞いて、なんか妙にうれしかったよ」
 ビールのお代わりを注文して、鳴海さんはやさしく笑った。裏のなさそうな頬笑みだった。

「巽さ、昔恋愛がらみでちょっと嫌な目にあってるのね」
「え、ああ、そう、なんですか」
 唐突な話に箸を握ろうとした手を膝の上に置いてしまった。
「それ以来、面倒だって恋人をつくることはなかった。今回の婚約話も巽のことだから親御さんが飽きるまで適当につきあうだけなんだろうなって思ってた」
 それはなんとなくわかった。あのやり方はさっさと仕事を片付けてしまいたい、しかもどうでもいい仕事を、といった感じだった。
 思い出す、無理矢理車に乗せられたことを。