「遅いっ」


由貴の「もしもし」を
聞かずして先に怒鳴る俺。



……あぁ……やっちまった。

アイツ、この手のことには煩いんだ。


「飛翔、遅いって何?
 私も……朝は忙しいんですよ。

 今、時雨のご飯、作ってるんですよ。
 今日、私の食事当番なんで」

「悪かった」


由貴は今、
幼馴染の時雨家で生活している。

パイロットとフライトアテンダントだった両親の子供である由貴が、
両親の飛行機事故の後、時雨の両親に迎えられて、
一緒に生活を始めたのがきっかけだったらしい。


「それで飛翔、何か用ですか?」

「悪い。
 今から用事が出来た。

 午後の鷹宮、キャンセルするから
 勇たちに言っておいて」


勇【ゆう】と言うのは、
大学の時から親友になった、鷹宮総合病院の院長夫妻に育てられた
緒宮勇人【おのみや ゆうと】。

20になるまでは鷹宮姓だった彼は、
成人と同時に、母親の旧姓へと名を変えた。


「用事って何かあったんですか?」

「TV」


TVの言葉に反応してか、電話の向こう側からも
安倍村の様子を伝えるニュースが聴こえてくる。


「安倍村?……。
 飛翔、安倍村って確か……」

「あぁ。
 悪い、少し行ってくる」


由貴の次の言葉を聞く前に、
俺は慌ただしく電話を切る。


脳内は、村までの行き方のシュミレーション。


道路が寸断されているなら、
何処かで空から村に入るしかないわけだが……。

後は、あれだけの被害だと怪我人多くないか?

かといって今の俺には、
そこまでの力は存在しない。


どうしたらいい……。


必死に脳裏を巡らせながら辿り着いたのは、
もう一人の親友、中等部まで同じ学校で寮生活を送っていた
西宮寺冬生【さいぐうじ とうせい】の存在。


慌てて冬生の電話番号を呼び出す。


「飛翔、久しぶり。
 今日は雄矢【ゆうや】小父さん、鷹宮院長のところに行くんだったよね」


すぐに電話に出た冬生は、
冬生自身の父親の親友だったその人の名を告げる。


「悪いっ。
 鷹宮のボランティアは俺はキャンセル。

 冬生、多久馬先生って先月のH市に災害の救援ヘリ出したよな。

 多久馬先生に頼んで、斎市の安倍村に出して貰えないか?
 
 俺の故郷なんだ」