「キライ」



短く初めて発せられた言葉。
その後、再び彼の視線は窓の外の世界へと移された。



「そっか……。
 
 神威くんは
 飛翔が嫌い……かぁ……」



言い聞かせるように紡ぎながら、
すれ違い続ける二人の縮まることのない
一方的な思いにチクリと心が痛む。




そのまま私は、神威君の邪魔をしないように
病室の片隅で彼を約束通り見守っていた。



仮眠を終えた飛翔が再び戻ってくるまで。





止まない雨もいつかは止む。



縮まらない距離も信じていたら
ゆっくりと縮まるときが来る。


その間の深い穴はゆっくりと埋め立てられて
少しずつ少しずつ縮まっていく。



私は飛翔と出会って今日までの間に
そのことを強く経験してきたから……。


二人の距離も必ず縮まるのだと確信できる。


ただその間の心の傷が気にかかるだけ。



だから……私はその傷を包み込めるように
今出来ることをしていたい。




止まない雨もいつかきっと晴れ渡るから。




夕方、仮眠を終えて再び勇と一緒に姿を見せた飛翔を
私は勇を特別室に残して、連れ出す。




「由貴、どうした?」

「飛翔、話してください。
 勇には話せなくても、私には今日こそ話してください。

 中学生時代から、貴方と同じ時間を過ごしています。
 飛翔の家が特殊な家柄なのは、何となく察していました。

 それでも話したくないのならと、今日まで聞かずに参りましたが
 飛翔が眠っている間、神威君と会話をして思ったんです。

 関係の歪の根っこは、その飛翔の生い立ちの時間の中にあるのではないかと。
 核心なんてありません。

 だけど、飛翔は神威君を守りたいのでしょう?

 ならば、私と時雨だけにでも情報供給を」



半ば責めるように、感情をぶつけるように伝える言葉。




この言葉が飛翔にとって、刃になっていることを知りながら
私は言葉で親友を突き刺す。






「心配かけて悪い。
 機会があれば話す。

 ただ今はまだ、そっとしといてくれ」



飛翔はそれだけを弱々しく告げて、
神威君の待つ特別室へと戻っていってしまう。




翌日、神威君は鷹宮を退院して残り少ない三学期を終えるために、
神前悧羅学院の昂燿校へと戻って行った。



突き刺さる雨。




飛翔を言葉で突き刺したあの日から、
私自身の心にも、鈍い痛みが微かに残り続ける。