そう言って万葉は、再び微笑んだ。
「神威さま、ほらっ、もう一度投げられますか?
私で良かったら、
何度でも神威さまが飽きるまで枕拾いさせて頂きますよ」
そう言いながら膝の上の枕を手に取って、ボクの前に差し出す。
そうやってされてしまうと、投げる気も失せる。
無言で枕を取り上げると、所定の位置において
そのままベッドに横になって、掛布団を引き上げながら体を横にして丸める。
後ろから万葉の視線を感じる。
「なぁ、万葉……。
ボク、今よりもしっかりとして強くなるから。
今だけ、何も見ないふりしてくれるか」
万葉を病室の外に締め出したくないのは、
一人になってしまうのが怖いから。
だけど……万葉の膝を借りて泣くことも、
当主としてのボク自身が許せない。
だから……見ないふりをしてほしい。
都合がよすぎる願い。
それでも、万葉はただ「はい。ご当主」っと頷いて
ボクの眠る布団をトントンと優しくたたいた。
そう……今だけは、
強くなるために……泣いてもいいか……。
アイツが告げた『雷龍 翁瑛の札』。
雷龍は、徳力家において先祖代々、当主が使役するはずの
龍神の名。
そしてその龍神を使役化におけた者は、
当主と同格の権限が与えられてるというもの。
今のボクは、当主でありながら今だ、
雷龍の姿を姿を見た事がない。
だからこそ、アイツが本当に雷龍を使役出来る存在であるのだとしたら
父さんが、ボクではなく、アイツにその役目を託しているのであれば
今の徳力の継承権、トップに存在するのは突然現れたアイツ以外有り得ない。
幼い時から、徳力の当主になるためだけに
存在を許されてきたボク自身の、生まれてきた意味が消えてしまう?
そんな恐怖が、ボクを更に困惑させ続けていた。
*
翌日、午前中に宣言通り姿を見せたアイツは
華月や万葉たちに指示をしながら、
ボクをベッドから抱きあげて車椅子に移動させると、
エントランス前の車へと連れて行く。
徳力のリムジンが何台か横付けされている中、
そのまま車へと抱え入れると、当たり前のように
ボクの隣に着席する。
会話のない想い沈黙のまま、
転院先である鷹宮総合病院へと連れられると、
アイツは転院手続きをして、看護師らと共に
ボクが入院することになる特別室の方へと移動させられた。
それ以来、毎日のように顔を出すものの
ボクとアイツの会話は何処にも存在しない。
窓から外の景色を望みながら過ごすことだけが、
今のボクの時間。
強い雨が……今も降り続けていた。