そしてボクが知らない男。
「ご当主、失礼いたします」
そう言ってお辞儀をする万葉の傍から、
白衣の男はベッドサイドに立って
ボクの診察を始めていく。
「政成先生、この度も一族のものがお世話になりました」
そう言いながら桜瑛を何処かで休ませてきたらしい、
華月が合流して会話を始める。
「応急処置が早かったのと、この寒さが助けたのかもしれませんね。
まだ暫く安静は必要ですが早城君の希望通り、
明日にでも鷹宮に転院が可能ですよ。
当院でも神威君の治療は続けられますが、
事情が事情ですし、早城君の研修先候補となっている鷹宮の方が
何かと都合がいいかもしれませんね。
鷹宮総合病院は親族の病院。
僕の方からも鷹宮院長に伝えておきます」
ボクの知らないところで、
会話が進められて担当医は病室を後にした。
「華月、いったいどういうことだ?」
「ご当主、ご紹介が遅れて申し訳ありません。
こちらにいるのは、早城飛翔【はやしろ ひしょう】。
事情があり、徳力の姓を今は離れておりますが、
ご当主のお父君。先代当主の弟にあたります」
穏やかな口調で告げられた突然の言葉。
父さんの弟……
ボクにとっての叔父を意味するわけで……。
目の前の男に視線を向ける。
「飛翔こちらが徳力現当主。
神威、あなたのお兄様の忘れ形見よ」
そう言って華月が、男にボクを紹介する。
飛翔と紹介された男は、何も言葉を発することなく
ただベッドに横になるボクに視線を向け続けた。
目の前に居る男を見つめながら、
ボクは康清の言葉を思い返していた。
*
『ご当主のお父上は、三年前に一族の掟に基づいて
その身を神に捧げて、村を守り、天へと帰られました。
本来、その後を継いで、一族と村を守るものの名は、
徳力飛翔【とくりき ひしょう】。
ご当主のお父上の、弟君に当たります』
『飛翔はその重荷から逃げ出して、まだ幼い御身のご当主へ、
その役目を押し付けて全てを捨てて出ていかれました。
本来は此度、その身を神に捧げるのは飛翔ではありましたが
その飛翔も不在。
真に当主を継承した、まだ小さい御身にこの役割を担わせるのは
私もつろうございますが、これもまた宿命【さだめ】。
ご当主、安倍村の民を救うため、
ご当主としての務めを今こそ、果たしてください。
古くからのしきたりに従って』
目の前に居る男が……名すら今日まで知らなかった
父さんの弟。
総本家に生まれた人としての務めを放棄して、
ボクに押し付けて、出て言った存在。
*



