起きたら帰っていいぞ。
神威君と一緒にな。

無理すんじゃねぇぞ。



安田









ベッドの上で、大きく伸びをした後
体を起こして神威の頭に手をやる。


驚いたような神威。




「さて、総本家にでも顔出すか。
 華月と万葉が心配してるだろ」




そう言うと神威を連れて、一晩過ごした病室を後にする。
その途中医局に顔を出して挨拶だけする。



「飛翔、由貴に鍵だけ預かってる。
 アイツ、今寝てるよ。

 アイツ、オンコールだったから結局あの後朝まで眠れなくてさ」


そう言いながら、机の上に置いていた鍵を俺の方に投げて寄越すのは
同じ同期の蓮井史也【はすい ふみや】。


「サンキュ」


声を発すると同時にキャッチして、鍵をポケットに突っ込む。



「僕からはこっち。
 神威君の口にあえばいいけど、マドレーヌ焼いてきたんだ。
 車の中でどうぞ」


そう言って、神威にラッピングされた袋を手渡すのは若杉知成【わかすぎ ともなり】。



「神威、貰ったらどうだ?
 こいつら二人も、俺の今の仲間だよ」
 
「あっ、有難うございます」


戸惑うように若杉から受け取った神威は、
その紙袋を俺の方へと押し付けてきた。

黙ってそれを受け取ると、二人にお礼を言って医局を後にする。



いつもの従業員専用駐車場に止まっていた愛車に乗り込むと、
俺は時雨に例の電話を一本かけて、そのまま総本家へと車を走らせた。




総本家に到着したのは夕方。
総本家の敷地内には、全員が勢揃いしていた。





「飛翔、もうお体は大丈夫なのですか?
 須王さんからご連絡を頂きました」



華月の言葉に、余計なことをと内心毒づく。



「兄貴の力を借りたんだ。
 護符の力で、雷龍にお出まし頂いた結果
 ぶっ倒れた。

 それだけだよ。
 大した修行もせずに扱える神の力じゃないってことだ」

「飛翔、ならば今はなおさらご無理は行けませんわ。
 奥に布団を敷きますから、どうか休んでください」

「様子を見ながらな。
 さて神威、隣に。

 昨日の須王家での出来事を説明する。
 何か、解決のための糸口になればいいが……」



そう言って、自身が体験したことを関係者の前で伝える。


依子の現状のこと。




「信じられないかも知れませんが、
 今の依子さんの御霊は、紅葉と言う少女に捕らわれてしまっているのかも知れません。
 ご自身でも、わかり得ぬほどに。

 ですが依子さんの体の上に、雷龍のご加護が降り注いだのであれば
 徐々に二人を繋ぐ何かが、浄化されて清められていくことでしょう。

 その時が、現実の世界に依子さんの御霊を引き戻すチャンスなのかもしれません」


柊はゆっくりと口を開いた。



「桜鬼が向かう先は咲と言う少女が居るところ。
 そして、その場所には紅葉と言う少女が居る。

 桜鬼は二人を助けて自らは滅ぼうとしている……。
 桜鬼に残されてる時間はあまりない。

 ボクは桜鬼を助けたい。

 その為に、徳力の当主として、雷龍翁瑛の継承者として
 今から禊に入る」



神威が決意したように言葉を紡ぐと、
一気に周囲の空気が緊迫を醸し出していく。




その日、俺も神威と共に真っ白い装束に身を包んで
敷地内の奥にある、祠へと歩いていく。


そこで柊によって伝授された、禊を手順通りにおえると
外には真新しい着物が用意されている。


仕事の際の式服と言うものに初めて袖を通して、
俺は神威の後ろに控えるように歩き続けた。



今も兄貴の護符だけは、手放すことなど出来ない。
常に指先で護符の手触りを感じながら……。





雷龍翁瑛。




再び、俺の前に姿を見せてくれるなら……
どうか兄貴の忘れ形見だけでも全力で守ってやってくれ。








そう願わずにはいられなかった。