寝ろ。


そう言われても、考える問題が沢山ある俺には
すぐに寝ることなど出来るはずもなく、
その後も、研修内容を復習するために由貴の手土産を夜食に
一時間ほど時間を費やして二時間ほどベッドで眠った。



朝、連絡して駆けつけた華月に神威のことを頼むと同時に、
昨夜の一連の出来事を伝えて神威が気にしていた譲原咲の母親の新しい家族のこと、
そして依子と言う存在を調査するように頼むと愛車に乗り込んで、
鷹宮へと出勤した。



医局に顔に出した途端に同期が珍しく顔をそろえる。




「由貴、昨日は有難うな。
 夜食に貰った、うまかったよ」


「それは良かったです。

 飛翔、最近お疲れみたいですし、徳力の家のことで
 無茶ばかりしてますから」

「それで、今皆で話し合ってたんだ。
 飛翔は、当面は家のことと来れる範囲で鷹宮に来て出来ることをする。

 オンコールとかERの勤務の方は、僕たちが順番に都合をつけながら
 埋められないかなって。

 聖也さんや、嵩継さんも手伝ってくれるって言ってくれたから。
 
 研修に遅れてるって言う劣等感も、多分僕的には厳しいのわかるから
 その辺りは飛翔が開いてる時間に、嵩継さんに頑張って貰ってさ」


勇の提案が、嬉しい反面……
俺自身に複雑な心境をうませる。


「飛翔、今だけですよ。

 神威君の一件と、徳力の一件が落ち着きましたら
 馬車馬のように働いていただきますからね」


由貴は、すかさず言葉を続けて畳みかけるように
決定事項にしてしまう。



「ならすぐにシフトを決めてしまいましょう。
 まず早城のERが、明後日。その後はオンコールが……」


今度は千尋君が中心になって、
俺のシフトを修正していく。


「おぉ、やってるな。お前ら。
 オレのも適当に突っ込んどけよ。

 早城、お前は病棟回診行ってこいや。

 出勤出来てる貴重な時間だろ。
 一秒たりとも、無駄にするな。

 回診の後、オレのとこに顔出せよ」


そう言うと、ノーパソを俺に押し付けて
手をひらひらさせながら、嵩継さんは何処かに姿を消した。


ノーパソを開いて、カルテの内容を追いかけながら
順番に、一人一人の病室を訪ねる。



「えっと、立花さん。
 調子どうですか?」


カルテで名前を確認しながら声をかける。



「おやっ、今日は安田先生は一緒じゃないのかい」

「あっ、はいっ。
 嵩継さんは今、別の仕事をしてて」

「そうかいっ……。ならアンタが代わりに預かってくれ。
 そこに引き出しに、娘が土産に持って来てくれたクッキーがあるんだ。

 安田先生にも少し食わしてやりたいから、
 持っていってくれるか?

 ほれ、研修医の先生も一つどうだ?」



立花さんに言われるように引き出しを開けると、
手作りのクッキーだと思われる、ラッピングされた小袋が
幾つか出てくる。


一袋に入っているのは、小さなクッキーが5つくらいの少量だ。



「すいません。でも受け取れません。
 病院で禁止されていますから」


そう言って断ろうとした時に、後ろから姿を見せた嵩継さんが
そのクッキーの入った袋を受け取って、目の前でクッキーを一つ摘まんで口の中に放り込む。



「おっ、美味いねー。
 立花さんのお嬢さんっていったら、美湖【みこ】ちゃんだった?」

「あの美湖が、こうやってクッキーまで作れるようになったんだよ。
 俺がもっと元気だったら、全部食ってやれるんだけどな」

「いやいやっ、オレもこうやって美湖ちゃんのクッキーの相伴に預かれたしな。

 それに手術で胃は半分以上、とっちまったけど術後は良好。
 抗がん剤の成果も今は出てるだろ。

 大丈夫、美湖ちゃんの孫まで見れるよ」



嵩継さんはそんな根拠のない言葉をかけながら、
俺に診察を続けるように視線を送ってくる。


その後は、急きょ嵩継さんをムードメーカーに
それぞれの病棟回診は終わっていく。



「お前さぁー、カルテの何見てんだ?

 カルテの中には、看護師が皆が気が付いてくれた
 いろんな情報がこと細やかに書かれるだろう?

 患者の身体異常の情報だけを頭に入れたらいいってわけじゃない。

 立花さんのカルテもっとよく見ろ。
 情報の隅々までな。

 見ながら仮眠室か、裏の院長邸で眠って来い。

 さっきの回診中、患者の何人に心配された?
 医者が疲れた顔してたら、治るもんも治んねぇだろ。

 昨日、あの後も起きてたんだろ」