柊の車に乗り込んで、運転席に体を預けながら
エンジンをかけると、そのままアクセルを踏んで桜塚神社を離れた。


助手席の窓から、外をボーっと見つめ続ける神威。


「神威、お前はどうしたいんだ?」

「ボクはアイツを助けたい。
 アイツに逢ってわかったんだ。

 ずっと『助けて』ってボクを呼び続けていた声は
 アイツだって。

 アイツ、体の中が真っ黒だった。
 何かに浸食されてるみたいに、だんだん肌の色が黒く染まっていくんだ。

 ボクにはどうすることも出来ないんだ。
 夢の中で、どれだけ手を伸ばしてもアイツには届かない。

 だからこそ、夢が夢じゃないって思えたアイツに逢えたさっきは
 いい機会だったし、チャンスだったのに」



チャンスだったのに、また助けられなかった。


アイツはそんな風に言葉を続けたげだった。



俺が神威と同じ小学生の時は兄貴にまだ守られていた。

その当時は、兄貴に見放されたと思っていたが……
兄貴は徳力と言う一族から、俺を精一杯守り続けてくれていた。



だけど今のアイツを、徳力と言う一族から守り切れる存在は
俺しかいない。

徳力ではなく、早城姓である俺。

徳力の末端でありながら、兄貴の護符で徳力の長と同等との力を
一族の中で持つことになった俺だけが、神威を取り巻く
徳力内の不穏分子から、アイツを守ることが出来る。


徳力姓である、華月や万葉には……そこまでのことは出来ない。
アイツらにとっては、神威の存在は『当主』としての立場が優先される。



アイツを当主として思うのではなく、
ただの兄貴の忘れ形見として接するならば、
俺は……。



「神威、悔しい時は悔しいって感情を出せ。

 感情表現が乏しいって、
 由貴に言われ続けた俺が言うのもなんだけどな。
 
 だけど下手なのは下手なりに、感情の爆発させ方があるだろ。

 それにお前は、他の奴にはない力がある。
 一般の奴が、何かをやりたいとあがいてもハードルは高いだろ。

 だけど神威には、普段は足枷となるがこういう時には役立つ、
 徳力の情報網がある。

 お前があの鬼を助けたいと思うなら、
 神威自身が、真っ先に諦めるな。

 お前の手札でもある、徳力と言う一族を上手く使え。

 その為の補佐なら、俺がやってやるよ。
 俺はお前の保護者だからな」


わざと焚きつけるように言葉を発すると、
神威は窓を開けて、生温い風を頬に受けた後
俺の方を見つめた。




「街中の防犯カメラを追跡するのと、
 譲原咲の母親の、新しい家族を探し出す。

 多分、あの鬼は……その場所に姿を見せる」


「姿を見せる?
 どうして言い切れる?」  
 

「アイツは今、切羽詰って苦しんでる。

 切羽詰ったものは、大切なものの為に
 時として道を踏み外す。

 そう言う者をボクは一族の中で見てきたから」


「どうして、お前はそうだと感じた?」
 

「今も……ボクの意識の中に、
 アイツの声が流れ込んでくるから。

 『咲を守りたいって』」




アイツと話している間にマンションの地下駐車場へと辿り着いた俺は、
辿り着く直前に眠ってしまった、アイツを助手席から抱き上げると、
エレベーターに乗り込んで、最上階へと直行する。


ドアを開けて、アイツをベッドに眠らせると
リビングへと向かった。

ドアフォンが、ランプを点滅させて来客を告げる。


ボタン押して、メッセージを再生させる。



「フロントの水上【みかみ】です。
 先ほど氷室由貴さまがいらっしゃいました。

 ご不在を伝えましたら、紙袋を一つお預かりしています。
 お戻りなられましたら、フロントまでご連絡ください」



伝言を再生して、
そのまま部屋を出るとフロントまでエレベーターで降りた。


フロントに顔を出して荷物を受け取って、
乗り込んだエレベーターの先客は嵩継さんだった。



「よっ」

「お疲れ様です。オンコールですか?」

「まぁな。
 んで、お前さんは?」

「俺も今、一族の仕事から帰ってきたばかりです」

「神威君は?」

「今、疲れて眠ってますよ」

「氷室たちが心配してたぞ。
 お前さんが殆ど、眠ってないって。

 まっ、研修医なんざ、元から睡眠時間は短いだろう。
 けど……お前さんの場合は、ちと事情が違うからな。

 明日の日勤遅れるなよ。
 飯食って、スカっと寝ちまえ」


そう言うと、先にエレベーターを降りていった。

そんな嵩継さんの背中に静かに一礼する。