その日は、そのままお神酒を飲まされて
神に捧げるための、支度が順番に行われていく。


外の世界とは確実に隔離されてしまったその空間。



「それでは、ご当主。

 明日、ご当主の身は海に捧げ神の元に誘われます。
 お支度の時間まで、今しばらくお心を静めてお過ごしください」

「康清、最後に一人だけ連絡を取りたい。
 携帯を」

「ご当主、ご連絡を取りたい方はどのような方でしょう?
 場合によっては、承認できかねます。

 儀式のことは門外不出」

「大丈夫だ。
 連絡を取るのは、秋月の火綾(かりょう)の巫女」

「なんと……秋月の巫女姫さま」

「桜瑛【さえ】も同じ身の上。
 だから連絡する。それだけだ」




そう言うと、康清は和服の袖から
ボクの見慣れた携帯電話を取り出すと、
ゆっくりと差し出した。



「ご当主、恐れ入りますがメールの送信文も確認させて頂きます」

「好きにしたらいいだろ」



そう言うと携帯をいつものように触りはじめる。

呼び出すのは、桜瑛のメールアドレス。


タイトル→空白
本文→サヨナラ



ただそれだけ。

それをそのまま、康清に見せると
康清は逆に「それだけで宜しいのですか?」っと問う。



携帯を黙って受け取ると、送信ボタンをおす。

そのまま全ての携帯の中に入っているデーターを初期化して
電源を落とすと、康清へと返した。



ボクにはもう必要のないものだから。




翌朝、ボクは白装束を着て迎えに来られた
何人かの村人たちによって、輿に乗せられて海へと運ばれた。


耳には雪を踏みしめる音だけがリアルに残る。


波の音が近づいてくると、そのままボクは
用意された別のものに乗せ換えられる。


白装束のボクをのせた小舟が、
村人たちの手によって、静かに海へと流されていく。


簡素な作りで、壊れやすいように作られたそれは
すぐにボクを冷たい海の中へと沈めて、
そのままボクは意識を失っていった。