目を閉じたアイツの黒髪を何度か撫でて、ベッドを離れる。


そのまま今週は早退と欠席の手続きをとって、寮の宿泊願いも出して
眠ったままの神威をベッドから抱き上げると、俺は車へと移動させた。


後部座席、華月を膝枕に眠り続ける神威。
マンションの部屋に送り届けて、俺は鷹宮へと戻った。


城山先生にお礼を告げて勤務を終えてかえったのは22時を過ぎた頃。


神威の状態によっては、もう一度点滴出来るように、
嵩継さんに処方箋を出してもらって、持ち帰ってきた薬品と道具。



三年ほど前から勇を筆頭に、鷹宮に近いこのマンションは
鷹宮のドクターたちの寮としても一部提供している為、同じマンション内へと
続く二台の車。


俺の愛車の隣にとまったのは、青のシルエイティー。


「早城が安く部屋を貸してくれたから、通勤が楽でいいよ。
 まっ、オレには寝に帰るだけで勿体ない部屋だけどな。

 お前の甥っ子さん、ついでに様子見て帰るよ。
 お前さんも一人じゃまだ不安だろ研修医」


そう言いながら地下の駐車場から彫り物のあるエレベ-ターに乗り込んで
最上階のボタンを押す。

高層階専用のエレベーターは、専用の許可証があるものしか止めることは出来ない。

 

そのまま最上階の俺たちの部屋のドアを開けると、
ずっと付き添い続けていた華月が、俺たちを迎え入れる。



「お帰りなさいませ。
 飛翔……、そちらは確か……」

「嵩継さん。
 俺の指導医で、おふくろの面倒見て貰った主治医。

 家に戻る前に、神威の様子見に来てくれた。 
 俺はまだ研修医だしな。
 勝手なこと出来ないから」


そう言うと華月は、俺たちを家の中にあげる。


そのままアイツが眠っているであろう寝室へと嵩継さんを連れて向かうと、
部屋の前でノックしてそのまま開ける。


真っ暗な部屋の中、もぞもぞと動く塊。
壁際のスイッチをいれて灯りをつける。



「神威、何してる?起きてるだろ。
 布団を置いて、少しベッドの上に座れ」


そう言うと、アイツは言われたとおりにもぞもぞと行動に移す。


「神威、俺と一緒に働いてる嵩継さん。
 様子見に来てくれた」


緊張しているのか、一気に口数が少なくなった神威。


そんな神威の診察を終えて、再びアイツは予定通り
持ち帰ってきた点滴をセットしていく。


「さぁて、風呂入ってとっとと寝るか。
 点滴やって、後処置しておけよ。お休み」


そのまま神威の部屋を出ていくと、階下の部屋に戻って行くのが伝わった。


「ほらっ、嵩継さんのお達しだからな。
 腕だせ」


言われるままにアイツは腕を俺の方に出す。

どっちの血管の方が入りやすいのか見極めて、
消毒綿で皮膚をふき取って、そのまま点滴の針を挿入する。


注射も点滴も、昔からわりと上手く出来たが、
真っ直ぐにじーっと俺を見つめ続ける視線を感じながらは緊張する。


「ほらっ、後は眠ってろ。
 点滴終わったらはずして俺も寝る」

「まだ眠くない……」

「なら眠くなるまで傍に居てやる」

「なぁ、飛翔。ずっと同じ夢を見ることってあるのか?」



ふと紡いだ神威の言葉。


「毎日、同じ夢を見るのか?」

「うん。ずっと同じ夢ばかり見る。さっきも見てた。
 桜の木が凄く綺麗な場所で、その鬼はずっとその下に広がる街並みを見てたんだ。
 
 だけど今はその鬼はずっと苦しんでる。

 助けてってボクにずっとずっと、伝えてくるんだ。
 だけどボクは、どうしたらあの鬼が助けられるかわからない。

 ボクはどうしたらあの鬼を……救える?」



思いだしながらゆっくりゆっくりと夢の話をする神威。

だけど点滴に一緒に混ぜた安定剤と睡眠導入剤の効果が出て来たのか、
最後の方は呂律が怪しくなりながら、スーっと眠りについていく。


神威が眠りについたのを確認して、俺は少しアイツのベッドを離れる。


そのままリビングに姿を見せると、華月が連絡を取って招き入れた柊が
ゆっくりとお辞儀をした。