「桜さま、ご当主に何てことを」

「お黙りっ、万葉は黙りなさい。
 誰も神威に何も言えないから、こんなことになるの。

 お母様が監禁されてたですって?
 監禁されて、倒れて、入院までなさっていたのに私は学校の寮で何も知らされなかったですって。

 それに……私だって、徳力の「桜」として一族の為に修行してるわ。
 今は、全く力のないそこの当主よりは霊力だってあるわよ。

 私の式神が教えてくれた。桜瑛が倒れたって。
 しかもその傍には、神威、貴方が居たわ。

 どういうことか、私の前で説明して貰うわよ」


まくし立てるように、勢いでポンポンと言いたいことを伝える少女。



「万葉、あいつは?」

「あの方は、闇寿兄さんと華月義姉さんのお嬢さん。
 ご当主と同い年の、華暁【かきょう】様です。

 昨晩、お戻りになられた時からずっとこの調子で」



そうやって小声で情報提供をしてくれる万葉は、少し困り果てたように告げた。



「飛翔さま、多分初めてお目にかかるかと思いますが
 本日は、珍しく夕妃お嬢様もお戻りになられています」

「夕妃?」

「はいっ。夕妃お嬢様は華月義姉さまの弟、櫻翼【おうすけ】さまと、生駒の柊さまの間に生まれしお子で
 今は兄夫婦が、親として育てております」


静かに今後のことを話し合おうと戻った総本家はちょっとした騒動で慌ただしく話し合うどころではない。



神威は華暁のことを相手することなく、スタスタと総本家の建物の中に入っていく。

相手にされなかったのが悔しいのか、更にヒステリックに叫びながら
神威を追いかける。


そんな二人の先、ただ無言で俺の方に視線を向ける少女。
その少女もまた神威たちと似たような年のように感じた。




「ご当主、飛翔お帰りなさい」



椅子に腰かけて仕事をしていた着物姿の華月が顔をあげて
俺を迎え入れる。



「まぁ、華暁が騒々しいわね。
 夕妃、さぁ私の傍に来てご挨拶なさい。

 神威の叔父にあたる飛翔よ」



華月が紹介する『叔父』と言う言葉に心なしか、
ショックを覚えつつも、俺は黙って頭だけ下げた。



「ねぇ、お母様はもう倒れない?
 本当にお元気になったの?」


真っ直ぐに見据えて、小さく質問する少女に俺は
ゆっくりと頷いた。


「夕妃、安心なさい。
 
 お母さまが倒れても、飛翔はお医者様だから治してくれるわよ。
 治してくれる方が近くに居ると、力強いでしょ。

 さっ、華暁と一緒にピアノを演奏して母様に聞かせてちょうだい」


華月がそう言うと、夕妃は素直に頷いて部屋から駆け出していった。

暫くすると何処からかピアノの音色が邸の中に響いてくる。