「私が出来るのは、火綾の巫女の気の流れを整えるだけです。
 後は彼女が目覚めてくれるのを待つのみです」



まだ研修医の身とはいえ、この場に居てもバイタルを確認する以外、
何の処置も出来ないまま、目の前の少女を見守り続けるだけ。



「柊殿、今日の修行は?」

「今日はやめておきましょう。

 宝さまも、火綾の巫女がお倒れになって以来、
 気が乱れすぎています。

 これでは集中することもかなわないでしょうから」

「なら彼女を念の為、病院に搬送しても宜しいですか?」

「えぇ、宜しくお願いします。

 秋月のホームドクターも、神前が担っております。
 病院は神前へ。

 伊舎堂先生には連絡を入れておきます。
 私は今日の仕事がありますので、宜しくお願いします」



柊の承諾を得て、俺は桜瑛を抱き上げると、神威を連れて車へと移動する。


何度も通いなれた山桜桃【ゆすら】村を離れて、
神前大学付属病院へと連れて行く。


連絡を受けて待機していた伊舎堂先生と共に、
VIP専用の治療棟へと運び込まれる。




「早城、後は任せるといいよ。
 君は神威君を学校に送り届けて、鷹宮の方があるでしょ。

 こっちは、私と父に任せておけばいいから」


そう言って声をかけてくるのは、伊舎堂裕【いさどう ゆたか】。

昂燿校時代の先輩であり、今、世話になっている鷹宮千尋にとっては従兄弟。
そして勇こと、緒宮勇人にとっても従兄弟のような存在。



「すいません。
 目覚めたら連絡だけください」


一礼すると、桜瑛を任せて神威を連れて病院を後にする。



「神威、海神に戻る前に総本家に一度戻っていいか?」

「構わない。
 ボクも帰らないといけないと思ってた。

 あの災害で被害にあった山々の復旧状態を把握しないといけないから」


そう言うと助手席に座っていた神威は、疲れてしまったのか
寝息をたてながら熟睡している。


愛車で軽快に流す洋楽の音量を僅かに小さくしながら、
総本家までの道程を走らせ続けた。


総本家についたのは14時頃。


途中の高速のSAで電話を入れていた俺たちを迎えに玄関まで姿を見せるのは、
万葉【かずは】、そして黒髪の少女。



「お帰りなさいませ、ご当主。
 そして飛翔さま」


万葉が恭しく頭を下げて、迎え入れようとする中
助手席から降りたばかりの神威の頬にビンタをくらわす少女。