「神威、そろそろ寝ろ」


そう言ってアイツはボクの髪をそっと撫でると、
電気を消して、部屋の外へと向かった。



睡魔に勝つことなど出来ず、そのまま眠りについたボクは
翌朝、まだ暗がりの残る時間にアイツに起こされた。


「神威、起きろ。
 出掛けるぞ」


体を揺すられて起こされたボクは眠い目をゴシゴシとこすりながら
着替えを済ませて、アイツの後に続く。


アイツの愛車の助手席に乗り込むと、
ボクは眠さに勝てずに再び、夢の中へと誘われていった。


次に目が覚めた時は、
見知らぬ山の中をボクを乗せた車は走っていた。



「起きたか、神威」

「ここは?」

「S市の山桜桃【ゆすら】村」

「山桜桃?」

「あぁ、生駒の神子の指定の場所。
 とりあえず、ここでいいはずなんだが……」



飛翔がそう言って車を停めるものの、周囲に誰かがいる気配はない。


「誰もいないじゃん」


独りごとのように呟いた、助手席で大きく伸びをする。



10分ほど過ぎた頃、後ろから見慣れた車が到着する。



助手席のドアを開けた途端に、
着物姿の桜瑛が後部座席から駆け出して「神威っ」っと抱きついてくる。



そんな桜瑛の体に両手をまわして抱きしめた後、
後ろを見ると、秋月の運転手がボクを見てお辞儀をした。


そのお辞儀に隣の飛翔も、運転席から降りてお辞儀を返す。



すると木々のざわめきと共に風が吹く。



その風がおさまった時、先ほどまで姿がなかった
生駒の神子が、奇妙な服を身にまとって姿を見せた。




「ようこそ、徳力の宝さま、秋月の火綾の巫女。
 飛翔殿、どうぞこちらへ」



生駒の神子は、そう言ってボクたちを手招きする。


その手招きは、ただ手で招いて居るだけなのに
「その場所に行かないといけないような」気がして、
引き寄せられるように、足がその場所へと動いていく。



心と体。


そのバランスがずれているような違和感が
ボクを包み込んでいく。



ボクは桜瑛の方に視線を向けると、
アイツも少し困ったような顔をしながら
生駒の神子のもとへと向かっていた。



生駒の神子の傍までボクたちが辿り着くと、
そこから先は、違和感から一気に解放される。



「どうなさいましたか?宝さま、火綾の巫女」


優しく降り注ぐ生駒の神子の声。



「今、お前がやった手招き。
 あれはなんだ?何をした?

 お前の傍になど行きたくもなかったのに、
 ボクの意志とは関係なく体は動いてしまった」


思うままに答えるボク。



「桜瑛も不思議だったの。

 心の中に何回も何回も手招きされてる映像が繰り返されて、
 その場所に行かないと行けないような気がしたの」



言葉は違えど、同じような体験をしていたボクと桜瑛。


視線を向けた飛翔は、無言のままで
何かを考えているような感じがした。