百物語

蝉の幼虫を摘まんでる母さんと幼い頃の笑顔の俺がいた。

俺がその写真を見ていると偶然親父が後ろを通った。

「その写真…。知ってるか?アイツは虫が大嫌いだったんだぞ」

それは親父の久しぶりの笑顔だった。

言われてみれば母さんの表情が少しひきつっている気がした。

当時の俺は全く気づかなくて、よく母さんに取ってくれとせがんだ気がする。

次に出てきたのは日記。

中身には自分についての情報が一つもなく、俺と親父の好物やその作り方、俺たちの機嫌がどうのってことばかりだった。

俺たちは少し照れ笑いをして母さんはバカだと言った。

2週間たった頃、ある人が俺たちの家を訪ねてきた。

事故の目撃者だったらしい親子は泣いていた。

母親の方が泣いて俺たちに頭を下げ、何度もお礼を言った。

相手の言うことには、母さんが突っ込んでくるトラックから息子を救ってくれたんだそうだ。

そして、それが原因で母さんが死んだのだと。

相手側は泣いたが、俺と親父は笑った。

「あのお人好しが。」

親父は目元を隠し、笑っていたが滴が流れ落ちるのを止めることはできなかった。

俺もうなずいた。

「本当、母さんは優しい人だ」

俺もやっと一滴の涙がこぼれた。