百物語

「おはよう。今日もいい天気だよ」

僕はカーテンを開け、返事の帰ってこないベットを見つめた。

あぁ、今日も君は目を覚まさない。

僕はため息の変わりに笑った。

僕は彼女の横に腰掛け、頬を撫でた。

彼女はピクリとまぶたを動かし、寝返りをうつ。

僕の彼女は厄介な病気持ち。

一度眠ったらなかなか起きない。

今回はいつから寝ているんだっけ?

そんなこと考えながら、彼女の髪をとかす。

眠ることを恐れて泣き腫らしていた彼女の目は、とっくに元に戻っていた。

彼女が眠っている間はいつも不安になる。

彼女の目の色はどんな色だっけ?

彼女の声はどんな声だっけ?

僕はそんな不安を押し殺して笑う。

「早く、早く目を覚まして僕の眠り姫」

彼女は返事をせずに規則正しい寝息をする。

僕はそんな彼女をおいて仕事に出掛けた。

それが最後に見る彼女と知らずに。

その日の夕方。

僕が乗った電車は、線路に飛び込んできた車のせいで脱線した。

見事に横倒れした電車の窓を突き破った柵に僕は貫かれた。

僕の腹部から大量の血が吹き出した。

僕は死ぬ。

彼女の目の色を確認しないまま。

僕は死ぬ。

彼女の声を聞かぬまま。

僕はどうしようもない寂しさに襲われた。

そして僕は決心する。

最後の力を振り絞り、震える手でケータイを持つ。

最後に。

最後に。

君の声を聞きたい。