ガタンガタンと電車が揺れる。
それに合わせて、私や、私の周りの人たちが一斉に揺れる。
電車は私が乗車した駅から既に5分ほど走っていた。
この辺りは電車の本数は多いけれど、駅はそこまで多くない。
だから、次の駅まで最低でも10分弱ほどかかるのだ。

少し家出るの、早過ぎたかな。
混雑した車両の中で私は今朝のことを思い出す。
いつもは7時40分くらいの電車に乗って、学校に着くのは8時ちょっと前。
きっと、今日はいつもの電車に乗るくらいの時刻には学校に到着しているだろう。

あぁ、やだな。
学校のことを考えただけで憂鬱な気分になる。
行きたくないな。休んじゃおうかな。
そんな言葉が私の頭を巡る。
だめだめ、そんなこと考えちゃ。
小さく首を横に振って、私は言葉たちをポケットにしまいこむ。
ブチッ。
なにかが切れるような音がした。
私の嫌いな言葉、それと同時に私が1番口にしてしまう言葉を詰め込んだポケットが破れて、小さな穴が空いていた。
このポケットは、私が考えて作ったものだった。
ネガティブな言葉を声に出さないように心のポケットにしまう。
中学1年の秋からーー今でも恐ろしいあの時期から使っていたそれはもうぎゅうぎゅうで、入りそうにない。
それでも私は押し込んで無理矢理入れる。

ガタッ。
大きな揺れが私を襲う。
急な出来事に私の身体は対応しきれず、ぐらりと倒れそうになる。
すぐさま近くの手すりにつかまって、なんとか態勢を立て直す。
「ここの道、なんとかしてほしいよなぁ」
「ほんとほんと。毎朝この揺れはごめんだぜ」
近くにいた中年男性たちの会話が耳に入る。
あぁ、そういえばそうだった。
ここの線路、ガタガタした道が多いので当然電車もガタンガタン揺れる。
毎朝大きな揺れを体験している私にとってはもう慣れたことなのに、今日は特別驚いた。
「でもさ、今度駅の近くに新しくデパート造るらしいよ」
「えぇ、そんなことしてる金があるなら線路、補修してほしいな」
私も2人の意見に賛成だった。
別に電車が揺れて困るというわけではないのだけれど、この揺れを利用したわいせつ行為、所謂痴漢が時々起こるという噂なのだ。
別に私は可愛くないし、スタイルもよくない。
ごく普通の、いや、普通以下の女子高生だ。
だから痴漢されることは断じてあり得ないが、近くにそういう人がいるというのはやはり不安になる。

この車両にもいるのかな、ふとそんなことを考え、辺りを見回す。
周りには通勤中のサラリーマンやOLが多くて奥の方までは見えない。
だけど私と同じ、もしくは似た服装の人はいなかった。
いつもの倍以上混雑した車両の中で、似たような格好をした大人たちが揺れる。
ぎゅうぎゅうと押し合っている。
「なんだか私のポケットの中みたいだな」
私の口からそんな言葉が漏れる。
同時に車両の中にアナウンスが響く。
誰かに聞かれても意味がわからないだろうし、別に困ることでもなかったけれど、私の声が誰かに届くことはなかった。
目の前の扉が開き、大人たちは我先にと電車を降りていく。
その波につられながら私も下車した。
春を感じさせる暖かな風が、私の頬を撫でる。
私は駅を出ると、徒歩5分ほどの学校へと歩き出した。