金融屋が指定したマンションの部屋のインターホンを荒木は何のためらいもなく押した。

低い男の声で「はい、どちらさま?」と聞こえる。

「先ほど、電話したものです。荒木と言います」

荒木は、堂々たる態度だった。

私は、荒木の後ろに隠れるように、ドアが開くのを待つ。

ガチャ・・っとドアが開き、私が喫茶店で会った、あのメガネの男が、顔を覗かせた。
荒木は、堂々たる口調で、その男に会釈をし、「入っていいですか?」と言った。

男に用意されたスリッパに履き替え、室内に入る。

ガチャンとドアが閉まる音を聞いて私は、そのドアの鍵か掛けられていないかを確認した。鍵は閉められた。また、せっかく取り戻した落ち着きが、また緊張へと変わる。

荒木は、そんな事を、気にする様子もなく、室内のソファーに腰掛け、持参したカバンを膝の上に乗せた。

私も、その横に、ゆっくりと座る。
今、この場で、何かあったとき、荒木しか私にはいない。

そして荒木は男に自分の名刺を差し出すと、カバンから1枚の紙を出す。

「この子は、うちのプロダクションの子です。この子の借用金は、僕が支払わせてもらいますんで、この紙は僕が、あんたらに支払いを済ませたと言う証明書です。

お金を受け取り、ここにサインと拇印を押してください」

すると男は、

「ああ、それは構わないよ。うちの事務所の名前と印鑑だろ?」

と言いながら、高そうな万年筆を、机から出した。

「いえ、事務所名だけじゃなく、あなたの個人名も書いてください。あと、印鑑じゃなく拇印をついてください。」

荒木が、その男をまっすぐ見つめて、そう言った。

「あんたらがやってる事は違法な事。それを承知で、今ここで俺は金を払います。俺も裏の仕事みたいなもんですから、あんたらに対して、偉そうにタテつく気はないですよ。

だた、うちで使ってる子が嫌がる事をされちゃうと困るんでね。

これで、この子には関わらないって言う約束をして貰えれば、金も払うし、俺も今後、騒ぎませんから」

荒木はそう言いながら笑った。

何故、笑えるんろう、この人・・・

私は、荒木の顔ばかり気にしていた。