この頃の私は、完璧だったと思う。

いや、完璧になる為の努力を惜しまなかった。

人間は完璧などないハズなのに、この頃の私は自分の失態を晒す事を何よりも恐れていた。

美容師として技術者になってから私の集客率も、指名率も常に上位だったし、勤務する美容室の近くにある大学の女子大生は、私を「お姉さん」と呼んで慕ってくれていた。アシスタントにも技術を指導していたし、何よりも店をやっていた先輩には頼りにされていた。

美容師として、安定してきてからは親とも、なんの溝もなく接していられたし、もちろん、食べ物を嘔吐する行為も、脱毛症も、何もなかった。

母親の友達は、皆、私の店に髪の毛をカットしに来ていて、若いのに手に職を持っていて、店長まで任されて、素晴らしいお嬢さんだと、私の事を褒め称えていたので、母親にとっても私は自慢の娘になっていた。

父親にとっても、学生時代は、学校にも行かず、一時はどうなるかと思っていたけれど、たいしたもんだ!と、毎日のように褒められていた。
そして店のトイレの壁が壊れたとき、建設職人の父親は仕事帰りに無償で直しに来てくれた。

私を必要とし、私を褒め称える人達ばかりが私の周囲にはいた。

私に期待をする人達がいた。私は完璧だった。


その私に訪れた、この金銭トラブルを、私は言えなかった。言える人がいなかった。

親に言ったらどうなる?どこの男と付き合っていたんだ、と、まず怒鳴られるし、怒られるだろう。母親は意外と根に持つ人だから、問題が解決しても、しつこく言われるかもしれない。

美容室の仲間はなんて言うだろう?へんなトラブルを持ち込まないでくれ・・きっと本音はそう思われると思う。

電話口の相手の男。あれは、たぶんヤクザだ。そんな世界の方々とは接した事もないけれど私は直感で、そう感じた。

まともな金融業者ではないだろう。おそらく、厄介な業者だろう。
警察に相談したらどうなる?内密に事を済ませられるだろうか?その厄介な業者は、しつこく店や家まで来たりしないだろうか。

借用書のコピーは、すぐに送られてきた。

そこには借用額250万、そして担保は私の車になっていた。